お膳立てはできた
文字数 4,019文字
7
ちょうどそばに中華料理屋があり、そこに入ることにした。財布を持ってくるのを忘れたが、兄貴が財布を持っているというので甘えることにする。
店内は冷房で生ぬるい温度になっている。おれの部屋のようにキンキンに冷えてはいないが、灼熱の外に比べたら、天国だった。
キッチンから聞こえる中華鍋を振るう音を聞いていたら、少しテンションが上がる。小さな店だが、繁盛しており、空いているテーブル席は一つだけだった。席に座り、壁に貼ってあるメニューを眺め、兄貴は麻婆豆腐のランチセットを、おれは油淋鶏のセットを注文した。
お冷を飲みながら、兄貴がそれでと話を戻した。
「どうして、滑川が危険なものを竹宮祥子に吸わせたのか、爽太はなにか考えがあるのか?」
「新商品を作ると、試供品を作るんだけど、客で試すんだ。さっきも言ったけど脱法ハーブなんて、危ないから自分たちでチェックはしないわけ。竹宮祥子を使って、脱法ハーブの安全テストをしたかったんじゃないかな」
「自分が乗ってる車の運転手でか?」
「本当は、なんとなくの予想がある」
兄貴の追求する視線を受けながら、気恥ずかしさを覚える。口に出すことに抵抗があるが、そうも言ってられないか、と諦めた。
「あの手の薬を使ってから、性行為をすると快感が強くなる、らしい。兄貴も言ってただろ? 事故があったあの辺にはラブホテルも多いし、変な気分にさせるためとか、吸わせるタイミングは今しかないと思って、脱法ハーブをタバコだって嘘ついて吸わせたのかもしれない。ハーブをタバコに詰め替えるのも、竹宮祥子を乗せる前に準備できるしね」
「薬をキメてセックスするってことか」
さらりと言うなぁ、とまじまじと兄貴を見る。涼しい顔をしていて、気にしていた自分が恥ずかしくなった。
落ち着きを取り戻すために、そっと息を深く吐き出し、情報を整理する。
竹宮祥子は、滑川に見つかり、迫られていた。もしかしたら、何か滑川に弱みを握られていたのかもしれない。滑川に関係の回復か、肉体関係を求められた。車中で滑川にタバコを勧められ、昔は吸っていたようだし魔が差したのかもしれない。だが、口にしたそれはタバコではなく脱法ハーブで、竹宮祥子は運転を誤り、コンビニエンスストアに突っ込んだ。
「ありえなくはないか」と兄貴がつぶやいた。同じようなシミュレーションをしていたらしい。竹宮祥子が望んでいたかはわからないが、滑川に脅されていた可能性はある。
「だけどまだ、ひっかかることがある」
「なんだよ。一応筋は通るだろ」
筋が通るならいいではないか、と追求しようとしたら、料理が運ばれてきて、中断する。並べ、「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。
わかめスープをすすり、油淋鶏に箸を伸ばす。少し固めの衣が好みだった。甘辛いタレと肉が口の中で混ざる。
麻婆豆腐を食べている兄貴と目があうと、「食べるか?」と訊ねられた。
「食べる食べる」
兄貴から、小皿に麻婆豆腐をよそってもらった麻婆豆腐を受けとる。ミンチが大きくて豆腐の崩れた、どこか家庭的な麻婆豆腐だ。レンゲで混ぜると、豆板醤と生姜の香りがしして、食欲が湧く。
口に運び、ん? と顔をしかめる。
すぐに、ぶわっと額に汗が浮かび、悶絶した。
「辛っ!」
真っ赤な四川風ではないくせに、思っていたよりも辛かった。舌と喉を鎮めるために、お冷を飲み干す。
「辛いよ! おれが辛いもの苦手だって知ってるだろ」
「麻婆豆腐ってのは辛いもんだ」
「そうだけどさ」
「爽太が今、なんで麻婆豆腐を食べたのかわかるか?」
「兄貴がくれたからだ」
何を当たり前のことを言ってるんだ、と眉間にしわを寄せる。
「そのとおり。俺が勧めたからだ。爽太は、俺が勧めるんなら辛くはないだろうと思ったから食べたんだよ」
「まあ、そうだね。騙されたけど」
「俺は辛くないとは言ってないだろ。ここには、信頼関係が生まれていた」
「信頼関係にヒビを入れて、兄貴はなにがしたかったわけ」
「竹宮祥子が滑川から差し出されたものを、すんなり吸うとは思えないな、という話だ」
あぁ、と口からこぼれる。
脱法ハーブだと知らずに渡されたとしても、断るはずだ。強引に吸えと命令されたら、吸うふりをするだろう。
「無理があったかぁ」
口直しに、油淋鶏を一切れ食べる。じゅわっと油が広がり、こっちを頼んで正解だったなとしみじみ思う。
じゃあ、一体どうして竹宮祥子は脱法ハーブを吸ったのだろう。
もやもやと考えていたら、甘ったるい煙がもやもやと鼻をついた。
煙の先を辿ると、中年男性三人組がタバコを吸っていた。こちらのことを気にした様子もなく、タバコを構えたまま雑談をしていた。小さな店で、味は良かったのに、分煙ができていない。
「バニラの匂いのするタバコを嗅ぐと、俺は父親を思い出す」
兄貴は後ろのグループを振り返ることなくそう言って、箸を置いた。食欲が失せたのだろう。もう箸を持つことはないのだ、とわかる。
兄貴が昔いた家は、父親の家庭内暴力が酷かったらしい。暴力を振るわれ、自由を奪われ、虐げられて過ごしたのだそうだ。父親を思い出させる煙が、おれたちの食事の邪魔をした。兄貴にとっては最悪なことかもしれないが、おれはそれによって閃いた。
「タバコに水を差されたけど、どうして竹宮祥子が脱法ハーブを吸ったのかわかったから、よしとしようよ」
兄貴が、眉根に皺を寄せた。兄貴より先に、おれが気づいてしまうとは、珍しい。
「副流煙だよ。脱法ハーブを吸っていたのは滑川で、竹宮祥子はその副流煙を吸ってしまったんだ。これなら、滑川が運転手じゃなかった説明もつく。自分が脱法ハーブを吸うから、念のために運転を交代したんだよ」
この推理はどうか、と兄貴の顔を見つめる。ゆっくりと口を開き、「さっき、自分でブローカーが脱法ハーブを吸うわけないと言ってなかったか?」と訊ねてきた。
この瞬間、何かに導き出されるように、自分の口から言葉が出てきた。
「ハートビートだったんだ」
ハートビート? と訊ね返してきょとんとしている兄貴に、説明を続ける。
「脱法ハーブの規制が強まっていく中、検査機関を作ってまで安全な脱法ハーブを作ったって話したでしょ? その起死回生の商品名が、ハートビートなんだ。ハートビートだったら安心だと思って、滑川は吸ったんだよ」
「慢心が招いた事故、か。なるほどな」
「この推理が正しいかどうかは、きっと警察がこれから明らかにするだろうね」
解決したと言っていいのかはわからないけど、すっきりしたので、おれは食事を続けることにした。少し冷めてしまったが、半分ほど残っていたので残すのはもったいない。
食事をしながら、今回おれは何をしたのだろうか? と考える。
脱法ハーブ絡みの事件に興味を持ち、ブローカーが判断を誤って運転手に事故を起こささせた、と推理した。が、それはきっと警察の捜査で明るみにでることだろう。
おれになにかできることはないだろうか? と思案していたら、
「お膳立てはできた、そう思わないか?」
と兄貴が突然言って、にやりと笑った。なんのことだろうか? と首をかしげる。
「お膳立て、というか、もうごちそうさまをするところだけど」
じっと兄貴はおれを見ていた。心の中を覗き込まれているようで、急に緊張感を覚え、姿勢を正す。「なになに」
「滑川が竹宮祥子に運転をさせて、ハーブを吸った。副流煙を吸った竹宮祥子の意識が混濁して、コンビニに車で突っ込んだ。滑川は車から逃げ出したが、監視カメラに写った。竹宮祥子の意識が正常に戻ったら、助手席にいたのが滑川で、脱法ハーブを吸っていたと証言するだろう。滑川は指名手配されるわけだ。叩けば埃が出るかもしれないから、国外に逃げるかもしれないし、見つかって逮捕されるかもしれない。竹宮親子にとっては、この上ない結末だよな」
兄貴が滔々とした口調で、あらましをまとめた。だが、なんだか含みを感じる。
「何が言いたいんだよ」
「都合が良すぎる。安全に気をつけた商品、それも滑川が持っていたものの副流煙で、本当にやられると思うか? そんなものを吸った滑川は、この場所にいたらヤバイと思って逃げ出す判断能力があったんだぞ」
「竹宮祥子が薬の効きやすい体質だったのかもしれないじゃないか」
「そうかもしれないが、そうじゃない可能性が高い。爽太、お前はさっき俺が麻婆豆腐を食べてるのを見て、自分でも食べられると思っただろ? 俺が辛いと言っていたら、お前は食べなかったはずだ」
どういう脈絡かわからないが、首肯する。
「あれと同じことを、竹宮祥子もしたんじゃないか? 安全なハーブだと勧められていたが、信じられない。試しに吸って見せてくれ、と頼んで滑川に吸わせたんじゃないか?」
「ちょっと待ってよ、自分から副流煙を吸おうとしたっていうの?」
「副流煙を吸う状況だった、という既成事実が欲しかっただけだろう」
なんのためにかは、訊ねなくてもわかった。
「全部、竹宮祥子の計画だったわけ?」
「おそらくな。滑川が再び現れ、困っていた竹宮祥子は決死の覚悟でやったんだろう。滑川を表舞台に引きずり出して、警察に捕まえてもらうことが目的だ」
「そんな。最初から警察に相談すればよかったじゃん」
「警察が近づかないように注意をして、逆上した男が家族を襲う事件はしょっちゅうあるだろ。信じられないかもしれないが、自分の娘を守るために、体を張る母親もいるってことだろうな」
おれの母親と真逆だね、と言ったが、兄貴はくすりとも笑わなかった。
ちょうどそばに中華料理屋があり、そこに入ることにした。財布を持ってくるのを忘れたが、兄貴が財布を持っているというので甘えることにする。
店内は冷房で生ぬるい温度になっている。おれの部屋のようにキンキンに冷えてはいないが、灼熱の外に比べたら、天国だった。
キッチンから聞こえる中華鍋を振るう音を聞いていたら、少しテンションが上がる。小さな店だが、繁盛しており、空いているテーブル席は一つだけだった。席に座り、壁に貼ってあるメニューを眺め、兄貴は麻婆豆腐のランチセットを、おれは油淋鶏のセットを注文した。
お冷を飲みながら、兄貴がそれでと話を戻した。
「どうして、滑川が危険なものを竹宮祥子に吸わせたのか、爽太はなにか考えがあるのか?」
「新商品を作ると、試供品を作るんだけど、客で試すんだ。さっきも言ったけど脱法ハーブなんて、危ないから自分たちでチェックはしないわけ。竹宮祥子を使って、脱法ハーブの安全テストをしたかったんじゃないかな」
「自分が乗ってる車の運転手でか?」
「本当は、なんとなくの予想がある」
兄貴の追求する視線を受けながら、気恥ずかしさを覚える。口に出すことに抵抗があるが、そうも言ってられないか、と諦めた。
「あの手の薬を使ってから、性行為をすると快感が強くなる、らしい。兄貴も言ってただろ? 事故があったあの辺にはラブホテルも多いし、変な気分にさせるためとか、吸わせるタイミングは今しかないと思って、脱法ハーブをタバコだって嘘ついて吸わせたのかもしれない。ハーブをタバコに詰め替えるのも、竹宮祥子を乗せる前に準備できるしね」
「薬をキメてセックスするってことか」
さらりと言うなぁ、とまじまじと兄貴を見る。涼しい顔をしていて、気にしていた自分が恥ずかしくなった。
落ち着きを取り戻すために、そっと息を深く吐き出し、情報を整理する。
竹宮祥子は、滑川に見つかり、迫られていた。もしかしたら、何か滑川に弱みを握られていたのかもしれない。滑川に関係の回復か、肉体関係を求められた。車中で滑川にタバコを勧められ、昔は吸っていたようだし魔が差したのかもしれない。だが、口にしたそれはタバコではなく脱法ハーブで、竹宮祥子は運転を誤り、コンビニエンスストアに突っ込んだ。
「ありえなくはないか」と兄貴がつぶやいた。同じようなシミュレーションをしていたらしい。竹宮祥子が望んでいたかはわからないが、滑川に脅されていた可能性はある。
「だけどまだ、ひっかかることがある」
「なんだよ。一応筋は通るだろ」
筋が通るならいいではないか、と追求しようとしたら、料理が運ばれてきて、中断する。並べ、「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。
わかめスープをすすり、油淋鶏に箸を伸ばす。少し固めの衣が好みだった。甘辛いタレと肉が口の中で混ざる。
麻婆豆腐を食べている兄貴と目があうと、「食べるか?」と訊ねられた。
「食べる食べる」
兄貴から、小皿に麻婆豆腐をよそってもらった麻婆豆腐を受けとる。ミンチが大きくて豆腐の崩れた、どこか家庭的な麻婆豆腐だ。レンゲで混ぜると、豆板醤と生姜の香りがしして、食欲が湧く。
口に運び、ん? と顔をしかめる。
すぐに、ぶわっと額に汗が浮かび、悶絶した。
「辛っ!」
真っ赤な四川風ではないくせに、思っていたよりも辛かった。舌と喉を鎮めるために、お冷を飲み干す。
「辛いよ! おれが辛いもの苦手だって知ってるだろ」
「麻婆豆腐ってのは辛いもんだ」
「そうだけどさ」
「爽太が今、なんで麻婆豆腐を食べたのかわかるか?」
「兄貴がくれたからだ」
何を当たり前のことを言ってるんだ、と眉間にしわを寄せる。
「そのとおり。俺が勧めたからだ。爽太は、俺が勧めるんなら辛くはないだろうと思ったから食べたんだよ」
「まあ、そうだね。騙されたけど」
「俺は辛くないとは言ってないだろ。ここには、信頼関係が生まれていた」
「信頼関係にヒビを入れて、兄貴はなにがしたかったわけ」
「竹宮祥子が滑川から差し出されたものを、すんなり吸うとは思えないな、という話だ」
あぁ、と口からこぼれる。
脱法ハーブだと知らずに渡されたとしても、断るはずだ。強引に吸えと命令されたら、吸うふりをするだろう。
「無理があったかぁ」
口直しに、油淋鶏を一切れ食べる。じゅわっと油が広がり、こっちを頼んで正解だったなとしみじみ思う。
じゃあ、一体どうして竹宮祥子は脱法ハーブを吸ったのだろう。
もやもやと考えていたら、甘ったるい煙がもやもやと鼻をついた。
煙の先を辿ると、中年男性三人組がタバコを吸っていた。こちらのことを気にした様子もなく、タバコを構えたまま雑談をしていた。小さな店で、味は良かったのに、分煙ができていない。
「バニラの匂いのするタバコを嗅ぐと、俺は父親を思い出す」
兄貴は後ろのグループを振り返ることなくそう言って、箸を置いた。食欲が失せたのだろう。もう箸を持つことはないのだ、とわかる。
兄貴が昔いた家は、父親の家庭内暴力が酷かったらしい。暴力を振るわれ、自由を奪われ、虐げられて過ごしたのだそうだ。父親を思い出させる煙が、おれたちの食事の邪魔をした。兄貴にとっては最悪なことかもしれないが、おれはそれによって閃いた。
「タバコに水を差されたけど、どうして竹宮祥子が脱法ハーブを吸ったのかわかったから、よしとしようよ」
兄貴が、眉根に皺を寄せた。兄貴より先に、おれが気づいてしまうとは、珍しい。
「副流煙だよ。脱法ハーブを吸っていたのは滑川で、竹宮祥子はその副流煙を吸ってしまったんだ。これなら、滑川が運転手じゃなかった説明もつく。自分が脱法ハーブを吸うから、念のために運転を交代したんだよ」
この推理はどうか、と兄貴の顔を見つめる。ゆっくりと口を開き、「さっき、自分でブローカーが脱法ハーブを吸うわけないと言ってなかったか?」と訊ねてきた。
この瞬間、何かに導き出されるように、自分の口から言葉が出てきた。
「ハートビートだったんだ」
ハートビート? と訊ね返してきょとんとしている兄貴に、説明を続ける。
「脱法ハーブの規制が強まっていく中、検査機関を作ってまで安全な脱法ハーブを作ったって話したでしょ? その起死回生の商品名が、ハートビートなんだ。ハートビートだったら安心だと思って、滑川は吸ったんだよ」
「慢心が招いた事故、か。なるほどな」
「この推理が正しいかどうかは、きっと警察がこれから明らかにするだろうね」
解決したと言っていいのかはわからないけど、すっきりしたので、おれは食事を続けることにした。少し冷めてしまったが、半分ほど残っていたので残すのはもったいない。
食事をしながら、今回おれは何をしたのだろうか? と考える。
脱法ハーブ絡みの事件に興味を持ち、ブローカーが判断を誤って運転手に事故を起こささせた、と推理した。が、それはきっと警察の捜査で明るみにでることだろう。
おれになにかできることはないだろうか? と思案していたら、
「お膳立てはできた、そう思わないか?」
と兄貴が突然言って、にやりと笑った。なんのことだろうか? と首をかしげる。
「お膳立て、というか、もうごちそうさまをするところだけど」
じっと兄貴はおれを見ていた。心の中を覗き込まれているようで、急に緊張感を覚え、姿勢を正す。「なになに」
「滑川が竹宮祥子に運転をさせて、ハーブを吸った。副流煙を吸った竹宮祥子の意識が混濁して、コンビニに車で突っ込んだ。滑川は車から逃げ出したが、監視カメラに写った。竹宮祥子の意識が正常に戻ったら、助手席にいたのが滑川で、脱法ハーブを吸っていたと証言するだろう。滑川は指名手配されるわけだ。叩けば埃が出るかもしれないから、国外に逃げるかもしれないし、見つかって逮捕されるかもしれない。竹宮親子にとっては、この上ない結末だよな」
兄貴が滔々とした口調で、あらましをまとめた。だが、なんだか含みを感じる。
「何が言いたいんだよ」
「都合が良すぎる。安全に気をつけた商品、それも滑川が持っていたものの副流煙で、本当にやられると思うか? そんなものを吸った滑川は、この場所にいたらヤバイと思って逃げ出す判断能力があったんだぞ」
「竹宮祥子が薬の効きやすい体質だったのかもしれないじゃないか」
「そうかもしれないが、そうじゃない可能性が高い。爽太、お前はさっき俺が麻婆豆腐を食べてるのを見て、自分でも食べられると思っただろ? 俺が辛いと言っていたら、お前は食べなかったはずだ」
どういう脈絡かわからないが、首肯する。
「あれと同じことを、竹宮祥子もしたんじゃないか? 安全なハーブだと勧められていたが、信じられない。試しに吸って見せてくれ、と頼んで滑川に吸わせたんじゃないか?」
「ちょっと待ってよ、自分から副流煙を吸おうとしたっていうの?」
「副流煙を吸う状況だった、という既成事実が欲しかっただけだろう」
なんのためにかは、訊ねなくてもわかった。
「全部、竹宮祥子の計画だったわけ?」
「おそらくな。滑川が再び現れ、困っていた竹宮祥子は決死の覚悟でやったんだろう。滑川を表舞台に引きずり出して、警察に捕まえてもらうことが目的だ」
「そんな。最初から警察に相談すればよかったじゃん」
「警察が近づかないように注意をして、逆上した男が家族を襲う事件はしょっちゅうあるだろ。信じられないかもしれないが、自分の娘を守るために、体を張る母親もいるってことだろうな」
おれの母親と真逆だね、と言ったが、兄貴はくすりとも笑わなかった。