ネットストーキングを見学できて、お兄ちゃんは嬉しいよ

文字数 3,529文字

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「竹宮祥子、三十九歳、職業は薬剤師で高校一年生の娘が一人のシングルマザー」
 そう伝えると、兄貴は目を丸くした。「いつ調べたんだ?」
「今だよ」

「どこかにハッキングでもしたのか?」
「今回はただネットをしてただけ。竹宮祥子の娘、竹宮詩織(たけみやしおり)のアカウントを見つけたんだ。個人情報はいつだってだだ漏れだからね」と苦笑する。「滑川と竹宮祥子の関係なんだけど、二人は夫婦だったのかもしれないなぁ」

「その根拠は?」
「竹宮詩織と頻繁にやり取りをしている子が、竹宮詩織のことを『舐め塩』って呼んで、『その名前で呼ぶな笑』って返すことがあった」
「滑川詩織の略称ってことか」

 首肯する。

「中高は別だったみたいだけど、二人のやりとりは幼馴染のように思えるものばかりだったなぁ。小学校のときに、両親が離婚したんだと思う」
「爽太のネットストーキングを見学できて、お兄ちゃんは嬉しいよ」
「照れるね」
「照れるな」

 苦笑し、さてと、とお互い姿勢を正す。

「爽太の推測が正しいかどうかは、マスコミが近所の人に根掘り葉掘り聞いて回って明らかにするだろう。気になるのは、二人が定期的に会っていたのかどうかだな」
「竹宮詩織の二年分の投稿を読んだけど、父親の話は出てこなかったよ。シングルマザーの母親に対する感謝は、結構出てきたけどね」
「夫婦が離婚してからも会うことは、ありえないことじゃない。やけぼっくいに火がつくということもある。事故が起きた大通り公園沿いのあの辺りはラブホテルも多いしな」

「下品だなぁ」
「一つの仮定だ。ハーブを卸した店に、客として竹宮祥子がいて、昔みたいに会うようになったということもありえる」
「でも、寄りを戻そうとしつこくされた、というのが一番想像しやすいね」

 ここで推測を口にしていても、仕方が無い。探りを入れてみることにしよう。
 SNSで女子高生のふりをしているアカウントに切り替えて、竹宮詩織の幼馴染と思しきアカウントにコンタクトを取ってみる。

『突然、失礼します。詩織の高校の友達です。ニュースをみたんですけど、車に乗ってた人ってもしかして。あの、DM《ダイレクトメッセージ》で少し話せませんか?』

 微妙に、こっちが事情を知っているように書いてみる。ここは下手に女の子っぽい文章にするのではなく、丁寧なものにしたほうが印象が良いだろう。返事を待ちながら、「兄貴は、何か今の段階で思いついたことはないの?」と訊ねる。

「俺は、滑川が監視カメラに移った理由が何かあるんじゃないか? と考えていた。他に大きな事件が起きていて、アリバイを確保するため、とかな」
「アリバイを用意したいだけなら、普通にコンビニに入ればいいよね」
「そうだな。あとは、心中に失敗したんじゃないか、とか考えていた」
「脱法ハーブを吸って死ぬためにドライブってのは変でしょ」

「そうだな」
「兄貴にしては珍しく、冴えてないね」
「情報が足りないだけだ。三つだけピースを持って、パズルの完成図を予想するようなものだ」
「兄貴はそういうのが得意なのかと思ってたよ」

 全てを把握しているわけではないが、兄貴はたまに事件に介入し、探偵じみたことをしているようだ。数ヶ月前、ヤギのマスクをした強盗が世間を騒がせ、兄貴が真相を暴いた。おれはそれを知り、真相を告発するための動画作りを手伝ったことがある。

 兄貴が、おれがネットを使ってやっていることを見るのが初めてだったように、おれも兄貴が事件に挑むのを見るのは初めてのことだ。

 パソコンに視線を移すと、SNSに通知が来ていた。幼馴染のエミリから、ダイレクトメッセージが届いたようだ。

『はじめまして。詩織とは幼稚園から小三まで一緒だった幼馴染の絵美里(えみり)です。』
『高校で同じクラスの、岩永恭子です。返信ありがとうございます。』
『岩永さんも、詩織の家の事情を結構知ってる感じですか?』

 すぐに返信を送ったからか、それとも向こうも気になっていたからか、返信がチャットのように素早く返ってくる。ありがたい反面、こちらもあまり時間を置いて返信することはできない。

 どう答える? と逡巡する。外堀から埋めるべく、詳しく教えて欲しいと素直に言うか。だが、それだと野次馬だと思われないだろうか。

「なんで竹宮祥子が別れた男と一緒の車にいたのか、驚いてみせろ」

 いつの間にか、隣で兄貴が腕を組んで立っていた。「返事は早くしたほうがいいぞ」と急かされる。

『逃げた男、助手席にいたのって、詩織のお父さんですよね?なんであの人と一緒にいたのかびっくりです』

 一秒、二秒、三秒、と時間が進むのがやけにゆっくり感じる。
 あなた何を言ってるんですか? と返されたら、どう弁解するかのシミュレーションをしかけた、そのとき返信がきた。

『そのことも聞いてるんですね。そうだと思います』

 ほっと胸を撫ぜおろし、兄貴を見上げる。「どうして?」

「二人が一緒にいたのは、幼稚園から小三まで、ということは竹宮詩織は転校したということだろ。竹宮祥子は転勤のある仕事じゃないから、離婚と引っ越しには何か事情があったんだろう。それに賭けた」

 結果はこうだ、とディスプレイを手のひらで示される。

「なるほどね」と相槌を打っていると、絵美里からメッセージが更に届いた。
『あれから時間も経ってるし、もう大丈夫だと思ってたのに。びっくりしてます。』
『すいません、あれからってなんでしょうか? 詩織に何かあったんですか?』
『お父さんのDVが酷くて、シェルターに避難したんですよ』

 シェルターとDVという言葉出てきて、すっと血の気が引く。
 体がぶるっと震える。悪寒に包まれ、胸の中でもやもやとしたものが渦巻いた。
 が、すぐに優しい熱を感じた。見抜いたように、肩にそっと兄貴の手が置かれている。見上げると、兄貴の顔も険しいものになっていた。おれたちは似ているよな、と思った。

「こうなると、竹宮祥子の方から滑川に会ったというのは考えにくくなるな」

 二人がこまめに連絡をとりあっていたとは思えないし、改心したなんて言っても、そんな言葉を信じることができるはずない。

『滑川とは最近になって、また会ってたんですか?』
『はい。詩織たちに近づいちゃいけないっていう命令が出ているのに、最近偶然を装って会うようになったらしくて、困ってるみたいでした』

 近づいちゃいけない命令というのは、裁判所から出された接近禁止命令のことだろう。偶然だと主張されれば、許容されることもある。竹宮祥子は脱法ハーブを吸っていたようだし、もしかしたら店で滑川に出くわしてしまい、それからつけこまれていたのかもしれない。『詩織のお母さんって一度しか会ったことないんですけど、脱法ハーブ吸ってるなんて、ショックです』

『あれは、なにかの間違いだと思います!詩織ママはしっかり者だし、滑川慎吾って奴が絶対に無理矢理吸わせたんだと思います!!

 しまったと、舌を打つ。竹宮祥子は対外的にはしっかり者で通っていたらしい。慌てて、『そうですよね!すいません、ちょっと混乱しちゃって』とフォローする。

 兄貴を見上げ、何か他に質問があるか訊ねる。

「竹宮祥子はタバコを吸うのか訊いてくれ」

 頷き、絵美里に『詩織のお母さんってタバコ吸わないですよね?』とメッセージを送る。

『詩織が生まれるから禁煙して、それ以来吸ってないって聞いたから、吸ってないと思いますよ。なんでですか?』
『ニュースで吸い殻って出てたから、詩織のお母さん吸わないのになと思って』
『確かに!そうだよね。早く誤解が解ければいいんだけど』

 それでも子どもに嘘を吐いて吸うこともあるけどな、と苦笑する。他に何か訊きたいことがあるか訊ねると、兄貴は首を横に振った。

 適当に、『詩織から何か連絡はあった?』『まだないです。一時からバイトだし、まだ知らないのかも』『心配だね。なにか連絡があったら、お互いすぐに教えましょうね』とやり取りをし、メッセージの応酬を終わらせた。

「聞きたいことがスムーズに聞けて、少し拍子抜けだな」
「いや、こういうことはよくあるよ。むこうは興奮しているし、それに不安なんだ。誰かと話して、わかちあいたいんだろうね」

 仲の良い親子、だと思っていたが、竹宮詩織にも抱えている問題があったわけだ。
 どこにでもいそうな女子高生なんていないな、と奥歯を噛み締めて反省する。
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登場人物紹介

平羊介 音楽が趣味の平凡な高校生。だったはずが、同級生の森巣と出会い、平和な日常が終わる。勇気を試され、決断を迫られ、町で起こる事件に巻き込まれて行く。

森巣良 イケメンで優しい、クラスの中心にいる生徒。だけど彼には裏の顔があり……その正体は腹黒毒舌名探偵だった。正義の味方ではないが、自分の町で起こる事件に、森巣なりの美学を持って解決しようとする。

小此木霞 平と森巣の高校の先輩。森巣とは幼馴染で、彼が心を許している数少ない存在。森巣の裏の顔や、彼が何をしているのか知っている。知識が豊富でパズルが得意なので、たまに森巣に協力をする。事件に挑む二人のよき理解者。

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