第4話

文字数 2,051文字

「どうしたいの?寮まで借りてさぁ、わかってる?寮の準備急いでしたんだよ?店長だって寝る布団がないとかわいそうだって言ってわざわざ買いに行ってくれたのに。裏切るの?」
専務はカンカンだ、経営陣からしたら当然だと思う、好意を無碍にされた、毎日出勤できるキャスト、あるいは社員にしようと計画を進めていた人間が昼間のお仕事も探してます。
昼間の仕事をメインにして夜の仕事、キャバクラには出ないですって言ってるんだと思い込んでるんだからお話し合いなんてできないだろう、不信感が生まれたこの状態で、キャバクラに在籍し続けて名誉挽回します、誠意を見せますなんて私には無理だ。
ここで私が「ごめんなさい、考えを改めます。一生とは言わずともキャバクラ、あるいは社員として会社に従属させていただきます。」と頭を下げた先の未来を考えたら 今も酸素がうまく回っていない脳みそにさらに酸素が行き辛くなり 精神的にも負荷をかけるのは嫌でもわかる。
自由って何だろうか、目の前に専務が居て話している。私に向けて話しているはずの内容が全く頭に入ってこない。私は今空想に逃避している。
(自由って何だろう、私は誰よりも自由だと思っているはずだ。自分で責任を負ってきたはずだ。自分の責任ってなんだ。生まれてきた瞬間から責任が発生していたのか。逃げたい。逃げてきたはずなのに逃げたい。逃げ場だったはずの関東で今がんじがらめにされようとしている。)
「辞めます。」
逃避した頭で考えたのか考えてないのか、逃げたのか 口をついてでたのは辞めます。
言ってしまったらもう引けない、後戻りはできない、押すしかない。
「大変ご迷惑をおかけしたのは承知しています、寮の準備をしていただいたのも、好意であると理解していますし、恩は感じているのですが、申し訳ございません 辞めさせていただこうと思います。」
謝罪の言葉を期待して考えを改めることを期待していた、というかそうなるであろうと予想していたと私が予想する専務の顔は怒りに満ちて難しい顔をしていた。
「辞める?寮借りてるんだよ?わかってるの? はぁ、とりあえず店長と話してくるから待ってて。」
小さい仕切りの向こうでキャストさん達がこそこそしてるのが見える、私にも羞恥心はあるし、こんなに不名誉なことで注目を浴びるのは私の精神衛生上よくないし、晒しものだ。
自分のことしか考えてない、余裕がなくなっていく、徐々に首を絞める手がきつくなっていくあの感覚。手は今ないはずなのに、そんな感覚にさせる。
片方では大丈夫、うまく切り抜けられれば私はまた違う場所で生きていける、今までも自分でどうにかしてきたじゃないかと希望を見出そうとするからあさましいのかもしれないと思った。また自己嫌悪をする。こんな状況で余裕なんてないはずなのに期待してしまう。
「ちょっと来て。」
店長だ、どこに行くのか、個室だ。
私は強心臓じゃない、いつもへらへらして何が起きてもなんとかなるでしょとおちゃらけて、明るくて、サンドバックにされても何も感じませんダメージ受けてないです、笑顔が素顔ですみたいに生きてるつもりだけど、当は小心者だし、仏の心も持ってない。1か月前は1年半ぶりに声をあげて泣いたし、たまに無性に寂しくて潰されそうになる。
他人に見せてないだけで私なんて弱くてどうしようもない人間だと思う。
みんなそうなのかもしれないけど、私の気持ちを「わかるよ私も(俺も)同じ~」なんて嫌でも言われたくないし、私の寂しいは私だけのものだと言って自分の弱い部分に依存する自尊心の塊。
「辞めるのはわかった、ただ、寮はどうする?いつ出ていく?」
「明日の朝までには出ていきます。」
「布団は?俺、早起きして買いに行ったんだけど。」
「持っていきます、代金はお支払いします。」
専務が入ってきた。
「考えを改める気はないのか?」
怖いなぁと他人事のように思って、自分の蒔いた種だし、帰る場所もやることもない、どうにでもなれだ。
「申し訳ございません。」
「わかった、とりあえずロッカーの中綺麗にして、帰って。」
「かしこまりました。」
どきどきした、悪い意味で。

ロッカーに近づくと聞こえてくる、キャストさん達の話声。
「りりこちゃんどうしたんだろ~ね~。」「ねぇ」
着替えないことには帰れない、着替えに入るしかない。
「おつかれさまです。」
「おつかれさまぁ~、あれ?帰るの?具合わるい?」
「少し…もめちゃって、辞めます、今まで3日間ですが良くしていただいてありがとうございました。」
「あぁ~そっかぁ 何があったかはわからないけどおつかれさま~」
慣れてるんだろうか、キャストさんはヘアメイクを終えて出て行った。
全然悪い人達じゃないし、むしろ良心的なお店だったな。と考えながらそそくさとお店を出た。
寮に帰ってからはすぐに荷物の整理をした。
すぐにでも出ようと思った。苦い思い出になってしまった、自分の軽率さのせいで周りの人を巻き込んで、不愉快な思いをさせてしまった。
私はいつもそんなことをしている気がする。
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