エピソード2:前は……

文字数 1,775文字

 リラとエリはまず、本棚か収納か、どちらから探し始めるのか相談した。その結果、手っ取り早く見られるとの理由で収納のほうから調べていくことに決まった。ふたりはさっそく収納の前まで行き、その引き出しのひとつひとつをくまなく調べていった。からっぽ、からっぽ、からっぽ……。小さいものから大きいものまで二十数個の引き出しを開けていったが、すべて入っていたのは虚しい空気だけだった。

 つぎに二人は本棚へと向かった。本棚には最初に見た英語の本のほかにも様々な言語のものがあった。そのなかの適当なものを手にしながらリラはエリに尋ねた。

ねえ、これってどこの言葉かわかる?
 聞かれてエリが隣に行くとリラは本が見えるように移動させた。
んードイツ語っぽいけど
わかるの!?
ううん。なんとなく見たことがあるってだけだから、間違ってるかも
そっか、ありがと
うん
 続けてふたりは本棚と本を見ていった。作業に一生懸命で聞こえてくるのはパラパラと紙の擦れる音とパタッと本を閉じる音だけ。一つ目の本棚が終わり、二つ目の本棚に取りかかってから少し、リラがふいに言った。
そういえばさ、エリってあんまりゲームやらなかったの?
 エリは本から視線をはずした。
どうして?
いや、だってゲームのことあまり知らないみたいだし
そうだね。ほとんどやったことないかも
 生前のことを思い出しているのか、斜め上を見ながらエリは答えた。
アプリとかでもないの?
うん
それじゃなにしてたの?
 リラが聞くとエリは本を閉じて静かに話し始めた。それを見てリラも本を閉じた。
これといってなにかをしてたってこともないんだ。わたしの一日はベッドで起きてベッドで寝て終わりだったから……ううん、一日じゃなくてずっとそうだった。生まれつき体が弱くっていつも病気してて、それだからなにかをはじめてもすぐにやる気がなくなって、ご飯のときいがいはいつも窓の景色をながめてた
 自分の変わらない生活を物語るその口調は上がりもせず下がりもせず、眉や目、くちびるからも感情は読み取れない。ただどこかにものがなしさはあった。その出所を探そうと目を凝らして、リラは気がついた。自分自身がそうだった。自分が彼女のことを悲しい目で見ているから、それがうつってしまったのだ。感情、常識、先入観――けっして取り除くことのできない自分というエフェクトをかけているのだ。
あのさ、エリは気にしてないの? 自分が死んじゃったってこと
 リラは核心に触れた。エリの本当の気持ちにちょっとでも近づくために。

 ドキドキしながらエリが答えるのを待っていると、「んー」と言ったあとにエリは口を開いた。

もちろん最初は悲しかった。幽霊になって死んじゃったって言われたときは、悲しかった。でも、泣くほどじゃなかった。九月の途中から体がおかしくなってうすうすわかってたっていうのもあるし、なにもできなかったから諦めてたっていうのもあったんだと思う
そう……なんだ
 おもわずリラはうつむいてしまった。胸のあたりになにかがつまっている。
でも、今はこれはこれでいいかもって思ってる。リラのおかげで
え?
 おどろいてリラは顔をあげた。すると、前髪で途切れ途切れになっている、すこし口角のあがったエリの唇が見えた。
最初の部屋でわたしが聞いたでしょ? 怖くないのって。そうしたら本物に会えてうれしいって言ってくれて、それにエリや壁を通り抜けてイタズラしても、ちょっとおどろかせすぎちゃったこともあるけど、それでも喜んでくれて。わたしは確かに死んじゃった。でもそんなわたしだからこそできることが、だれかに楽しんでもらえることができるんだってわかったから。生きていたときはお母さんとお父さんをずっと悲しませていたから
 エリはそう言って口を閉じた。リラの胸に熱いものがこみあげてきて、視界のはじっこがぼやける。顔のまんなかからもなにかがたれそうになる。それらをグッとこらえてリラはおおきな声で言った。
よーし! それじゃいっちょヤリますかっ!
 しかしうれしさと気恥ずかしさが混じってたかぶって、自分でもなにを言っているんだかよくわかっていなかった。
なにを?
 そこをエリは冷静に笑ってつっこんだ。
え?! いや、それは……
 しどろもどろになったあと、リラは開き直って言った。
なんでもだよ! できることはなんでも! でしょ!
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