エピソード3:ドタバタ劇
文字数 1,750文字
開き直った勢いでリラは押し通そうとするが、こういうときたいていの場合かえって窮地に陥ってしまうもので、彼女の言葉を聞いたエリがイタズラな笑みを浮かべた。前髪になかば隠されている、さっきの微笑みとはあきらかに違う口元の変化に、リラはドキッとした。その笑みを浮かべたままエリは、音もなく、ゆっくりとリラに近づいていく。その姿は見事なまでに幽霊だった。いままで何度も画面のなかに見てきたそしてぶっとばしてきた幽霊が、とつぜん目の前に現れちょっと怖くなって体がかたまってしまう。そんなリラのすぐ目の前にとうとう迫り止まった、かと思うと気配もなく両手を彼女の顔のそばまで持ってきた。いったいなにをされるのかと心臓をドキドキさせながらリラが身構えると、エリはむぎゅっとほっぺたをつぶした。
突然のことにすこし事態が飲みこめなかったが、リラは自分の顔を挟み込んだ手の冷たさに我にかえり、タコのそれのようにとんがった口でエリに言った。
しかし、エリはそれにただ笑うだけだった。
そんな彼女を見てリラはくやしくなりやり返してやろうと、それも自分よりももっと唇をとがらせて数字の8みたいにしてやると、勢いよく両手でエリの顔をつぶしにかかった。パチンと肌と肌のぶつかった乾いた音が鳴った。が、リラの目にした光景は思っていたものとはまったく違った。
なんと自分の両手がエリに食べられていた! そんなショッキングな光景にリラは最初の部屋でのことを思い出し、それならと手を引っこ抜き腕を掴みにいったが、まるでホログラムかなんかのようにスカスカとすり抜ける。このままじゃやられっぱなしだとリラは打開策を探して、
とひとつ思いついた。
触れている場所があった! 今度こそとリラは自分の顔をもてあそぶ憎きエリの両手をつかみにいった。そして触った! ぷにぷにとしていてあったかい肌に。
そこでリラは不自然なことに気がついた。もしこれが彼女の手ならあったかいはずがない。それなら……。リラはもっとちゃんと何をさわっているのか手を動かして確かめた。
自分のほっぺがさらにつぶれた。
信じられないことに自分のほっぺたはエリにさわられているのに、手は彼女の手をつかめない。
好き放題されるしかない理不尽な結果に、リラはそう文句を放ちながら両手をやけくそに暴れされた。その文句も両手ももちろん手ごたえはない。エリはめいっぱいくやしがるリラに自分の無敵さを感じ、ますます楽しくなりまだまだやっていたくなるが、これ以上はさすがに怒っちゃうかもと思い名残惜しくもその手を離した。ほっぺたの感触がなくなったのとエリが離れていったのを見て、リラはぶんまわしていた手を止めたと思うとキッと眉を寄せ、
と名前を呼びながら彼女に掴みかかった。
エリはびっくりしておもわず避けた。するとリラはピタッと止まって、くるっと振り向いて、また捕まえにいく。それを今度はわざと避けるとエリはそのまま机を越えて反対側に逃げた。それが開戦の合図だった。リラは逃げたエリを追いかけて机をぐるりとまわる、そうするとエリもぐるっとまわる。位置がさっきとは反対になる。もういちど追いかけると元の位置に戻って、今度は逆回りに…………。
リラは音を上げ床にパタリと倒れた。時間も状況も忘れてしっちゃかめっちゃか走りまわり、生身のリラの体力はとうとう尽きてしまった。汗だくで大の字を描くリラのもとにエリが近寄る。
リラの顔をのぞきながら涼しい顔でエリは言った。
そうリラは不公平を訴えるが、その口調は明るく表情も晴れやかで、どこまでも楽しそうだった。
リラの提案にエリが賛成し、ふたりは――リラは寝ころんだまま、エリはそのそばに腰を下して――休憩をとった。休んでいるあいだ会話はなく、ドタバタと駆けまわっていたさっきとは打って変わって、リラの吐息が聞こえるほど静かだった。目を合わせることもなかった。それでもふたりの胸の中は同じ気持ちでいっぱいだった。