_____ ___ ____:制作秘話

文字数 1,762文字

 どこかの病院の一室、女の子がふたり同じベッドに座って、備え付けの机に広げられたノートをいっしょに覗き込んでいる。
――で、女の子が目を覚ますとぼろっちい幽霊屋敷に閉じ込められてて
 ノートを指差しニコニコと笑いながら右側に座る女の子が話す。
うん
 左側に座る子はその話を一生懸命に聞いている。
色んなゲームをクリアして脱出を目指すんだけど、最初は脅かしてきた女の子のオバケとなんでか仲良くなって協力するんだ!
おもしろそう
ほんと!? じゃ、できたら一番にやらしてあげる!
まってるね
うん!
――――――――
 モニターを工場の検査員のように険しい目付きで女の子がにらみつけている。検査を受けているモニターは彼女の厳しい視線もなんのその淡々と文字を下から上へと流していく。ちょっとでも声をかけたら怒声が飛んできそうな緊迫した空気が、数え切れないほどのゲームやマンガの関連グッズに埋もれた部屋を満たし、そしてモニターが最後の文字を画面に映したその時、彼女は高らかに万歳をした。
できたーー!!
 その歓喜の叫びで張りつめた空気が解放され、彼女はそのままぐだーっと椅子にもたれかかり仰向き目頭をおさえ、しばし天井をなんとなく眺めた。すると、階段を上ってくる足音がしたと思うと部屋のドアがノックされた。
リラ! 急に叫んだりしてどうしたの?
 しまったと思いリラは画面を閉じ椅子から立ち上がると、一度体を伸ばしてから、いそいそとドアまで行き開けた。心配そうな母親の顔が見えた。
ごめん、やっとできたからつい
できたって……あの、ここ二年ぐらいずーーっとコソコソやってたやつ?
そうだけどさ……その言い方なんなの?
まあ、いいじゃない。それよりできたんならおかあさんに見せてよ
 そうお願いをされてちょっと考えたあと、リラは
いいよ
 と意味深な笑みを浮かべて答えた。その不気味な笑い顔に「また何か企んでるじゃ?」と母親は不審に思いつつも、部屋に入ってリラのあとに続きパソコンの前につくと、椅子に腰掛けモニターに映っているデスクトップを眺めた。
で、どれがそれなの?
これ
この女の子の幽霊みたいなの?
 母親はマウスカーソルを、ボサボサの長い黒髪で赤い染みのついた白いワンピースを着た女の子の、アイコンのもとまで持っていった。
そうそう、それ!
 隣で楽しみで楽しみでしかたないといったふうにニヤついている娘を怪しく見やって、母親は幽霊の女の子のアイコンをダブルクリックした。すると小さなウィンドウが出てきて、すこし身を乗り出し眉間に皺寄せてそこに書かれている文字を読んだあと、母親はリラのほうへ顔を向けて尋ねた。
……なにこれ?
書いてある通りだよ
 リラはそう答えながら、楽しくて楽しくてしかたがないといった感じに笑っている。

 母親は画面に視線を戻し、改めて画面に書かれている指示を読んだ。

『このゲームのタイトルを入力してください!』
 また母親はリラに視線を向けた。
教えてよ。なんて名前なの?
わからないの? じゃ、お母さんは遊べないね!
 せっかく長い時間をかけて苦労して作ったゲームなのに母親が遊べないことがなぜだかたまらなく嬉しそうだ。母親は娘の不可解な行動を内心ほんのちょっとだけ気味悪く思いながら、このまま娘が頑張って作り上げた作品にいっさい触れないままどころか名前すらわからないままなのは残念でならないので、教えてもらおうともういちど聞いてみようとしたが、
はいはい! あたしには他にもやりたいことがあるだからお母さんはここまで
 と両手でぐいぐいと押され止める暇もなくそのまま部屋から追い出されてしまった。バタンと締め切られた扉の前でため息をつき、母親は大人しく自分の用を済ませに一階へ降りて行った。その遠ざかる足音を耳にしながらリラはベッドに寝転がり、わずかに口を開けたまま窓の向こうに描かれた夕景色をジッと見つめ、それから真白な天井を仰ぎ見ると色んなことをそこに思い描いた。一度は投げ出してしまった作品を完成させた充実感が体を包み、心の奥底から底知れぬ情熱がわきあがってくるのを感じる。彼女にこの作品が届くのかはわからない。でも、なぜだか不安とか心配とかそういった気持ちがまったくない。
次はなにしよっかな!
 リラはもういちどオレンジ色の空を眺めて、希望に満ちた声で言った。
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