エピソード1:はじまり

文字数 1,759文字

 二人がもしかしたらあるかもしれない未来の部屋から出て、引き続きオバケの誘導のもといつもの廊下を歩いていると、奇妙な光景とぶつかった。彼女たちのすこし先から廊下が、まるで黒の絵具か墨汁を筆で塗りたくったかのように真っ暗闇に満たされていて、床や壁や天井の塗装が闇に変わり始めるところは、その毛先の跡が残っているのかのように細長くギザギザとしていた。リラとエリは足を止め、その暗闇をぐるっと見渡し、それからリラがオバケに聞いた。
真っ暗だけど、ここ進むの?
そうです。罠はありませんから安心してください
ほんと?

 と疑り深い目線を送りながらもオバケが先に進みだすと、すこしも躊躇した様子を見せずにリラも暗闇のなかへ入っていった。そしてリラとあれからずっと手をつないでいるエリも、スタスタと静かに懐かしさを感じながらついていった。

 それからまもなく廊下がすこし遠目になったころ、リラはオバケやエリ、それに自分の体を見て言った。

真っ暗だけど、見えるんだね
 リラの言葉の通り、周りは一切の光がない無の世界なのにそこにいる人物――リラ、エリ、オバケの姿は、まるで黒を背景にしたイラストのようにハッキリと見ることができる。それもリラの肌やエリの髪など、背景に紛れてしまいそうなものも白い輪郭線のようなものがあって見分けがつくようになっている。いままで味わってきた衝撃と比べていまさら驚くようなことではないものの、不思議なことに変わりはなかったから、会話の糸口になればとリラは口にした。
あの世はこんなとこ
 そのきっかけを待っていたのか、つぶやきにすぐエリは反応した。
そうなの?
うん。ふと目が覚めるとずっと先の先まで真っ暗でなにもなくてひとりぼっちだったけど、神様が話しかけてきて、話が終わるとわらわらとオバケが話を聞きに集まってきた
みんな、今みたいに丸見えなん?
そう、わたしもなんでかね
 エリがそう言うとオバケが止まって二人を振り返った。そのミトンのような手にはいつのまにか看板が握られている。
最終ステージに着きました
ここが? なにもないけど……
 とリラがあたりを見渡しながら言うと、どこからともなくドラムロールが鳴り響き始めた。その音にびっくりしつつもなにが始まるのかと期待して待っていると、やがてドラムロールが鳴り止み、わずかな静寂が訪れ、パッと眼下に巨大ななにかが高らかなラッパの響きと大量のオバケとともに現れた。その巨大な何かはよく見るとスタジアムのようで、中央にサッカーコートにも似た長方形の競技場があり、それを大勢の白くて丸い観客がぐるっと囲っている。リラとエリは長方形の短辺側にいて、二人の前に競技場へと下りる階段がある。オバケがニッコリとして看板を見せる。
では、行きましょう
 そうして彼女たちが戦いの舞台へと降り始めると、ラッパが今度は入場曲を奏で観客があふれんばかりの歓声を上げた。その熱烈な歓迎に、いままで「あ」の声すら聞いたことのないオバケの歓声に疑問を抱くのも忘れて、リラはすこし照れた様子で階段を降りて行った。まもなく二人の選手が戦場に降り立つと周囲は気味が悪いほど一気に静まった。嵐の前の静けさのような、何かが起こる前兆にリラは胸を高鳴らせる。そこへしまわれた状態の巨大な幕を抱えた二体のオバケが現れ、スタジアム中空でとどまると、会場すべての注目が彼らに集まる。ふたたびドラムロールが鳴り始めた。そしてドラムが最後の音を響き、幕がスルスルと横へ長く開かれていく。その横断幕に書かれていたのは――――
『最終ステージ!! 生か死か!? あったかいベッドへの帰還を賭けた一世一代の三本勝負!!』……?
 リラが代表して読み上げてくれた。その瞬間、またラッパと歓声とが轟き空間を大きく揺らした。不意打ちの轟音にビックリしておもわずリラは「わっ!」と声を上げ――その叫びごえはもちろんかきけされてしまったが――耳をふさいだ。エリはなんてことないようで心配そうにリラを見つめ何か言った。その唇は――リラが読み取ったところ――おそらく「大丈夫?」と聞いたらしい。リラは呆れたように苦笑いをしてうなずいた。しばらくしてバカ騒ぎが落ちつき、耳をピッタリと蓋している手をどけると、そばにいた案内役のオバケが例のごとく看板を取り出した。
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