エピソード6:壁
文字数 1,287文字
そうしてひとしきり笑ったあと、リラはなみだを拭き肩で息をしながらすこし真剣な面持ちでエリに聞いた。
しかし、エリはその質問に首を振った。
そうエリが返事をしたあと、二人はしめしあわせたかのように同時に部屋をみわたした。ところどころはげかけているフローリングに崩れている壁、すみっこに陣取っているクモの巣、そして二人の頭上でぼんやりとした光を灯している電灯、このボロ部屋にあるのはこれだけ。そう、これだけしかない。
今の状況において一番大事なものが見当たらず難しそうな顔をしてリラがうなりだした一方で、
エリのほうはとくに変わった様子は見られないが、彼女は彼女なりに考えているようでじっと黙っていた。そうしてそれぞれでこの現状を打破できる策を考えだして三十秒ほどとても静かな時間が流れたころ、
と突然リラが声をあげた。
リラの問いかけにうなずくとさっそくエリはくるっと振り返って背後の壁へと向かった。そしていったん立ち止まるようなこともなく、エリにだけ見えているのか、まるで開け放れた扉から出ていくかのようにそのまま壁をすりぬけていった。その様子をまじまじと見ていたリラはそのあまりの自然さに
と思わずにはいられず、後に追いかけて壁へと歩いていったが当然ながら生身のリラは通り抜けることなくぶつかってしまった。
当たり前の結果とはいえ自分にはできないとなるとやっぱりガッカリで、ペタペタと壁にさわりながら心のなかでつぶやいたら
ふとそんなことが気になった。それでためしにさっきのところまでさがってもういちど壁に向かっていった。ぐんぐんと大きくなる壁、それにつれてよく見えるようになるヤスリのようなザラザラとした壁の目と徐々に真ん中へと寄っていくリラの目、そして彼女のほうの目がひとつになるかと思うほど近寄ったころ、エリにいともたやすく折られてしまって元通りになったはなっつらが先に壁とくっついた。
しかし、さすがに目がきつくてすぐに後ろへさがった。そして何回かまばたきをしたあと彼女は思った。
リラがそんなふうに感じたのはいくら通り抜けられると強く思っていても、いざ壁がすぐそこまで迫ってくるとどうしてもぶつかると思ってしまったから。自分が生身の人間でぶつかるものだという当たり前を拭い去れないのだ。そのことに気がついた彼女は、エリのあの自然さになんだか胸が詰まるような思いがし、そしてその技? に興奮していたのが悪いことのような気がして、
と考え、もとの場所へ戻りおとなしくエリの帰りを待つことにした。