エピソード8:どっち……?
文字数 1,549文字
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。こういう時いつもだったらゲームをして暇をつぶしているけれど、今はスマホすらないからとても静かで自分のかすかな息づかいしか聞こえない。その静けさにリラは、いつだったか真夜中ふと目が覚めてなにかないかなと廊下へ出てみると、みんな寝静まっていてなんだかなにかが無くなってしまったようなスカスカとした寂しい暗闇に包まれた時のことを思い出した。そのせいか急に自分の家が恋しくなってもじもじと体が落ち着かなくなっていると、そこへエリがゆったりと帰ってきた。彼女の姿をとらえたリラはガバッと勢いよく起き上がって待ってましたと言わんばかりの様子で尋ねた。
それにエリはVサインをして答えた。
そう言ったあとリラはふたたび腕捲りをし真正面の箱に両手をかけた。彼女に続きエリも両手をあてがうと、二人は顔を合わせて
と一緒に箱を押し始めた。
まもなく最初の箱と同じくらいの距離を押したところで左に道が現れた。そこを進んでいくと、今度は正面と右が箱でふさがれていた。
行き止まりに着いたらリラが聞いてエリが答えて、また箱を押していく。そんなやりとりのくりかえしでこの巨大な迷路を攻略していって、だいたい二十分ほどが経過したころ。
ここまでいくつもの箱を退かしてきてさすがに疲れてきたようで、リラのひたいには汗がにじみ毛先を湿らせていた。そして今のように息を吐き出すことも増えていた。対照的にエリは息が切れるどころか汗の一滴も顔のほてった様子もなかったけれど、眉間にはすこし皺が寄り、ほっぺたはふくらんでいた。二人の間から会話は減っていた。聞こえるのは、箱の擦っていく音とリラの息づかいだけ。そんな沈黙のなか、リラはオデコからつたっていこうとする汗を袖でぬぐったあと、ふいに口を開いた。
次の行き止まりに着いたわけでもないのに道を尋ねたのは、疲れてじれったくなったからなのか、沈黙が気まずかったからなのか、あるいはその両方ともなのか、本人もよくわかっていなかった。
リラがどんな理由でいま道を聞いたのかはともかく、肝心のエリはというと、いぜんとして皺をつくって黙々と箱を押していた。
その様子に「聞こえなかったのかも」と思ってリラは彼女の名前をちょっと声を大きくして呼んだ。しかし、あいかわらず黙ったままだった。さすがに今ので聞こえていないはずがなく、それなら「何か理由があるのかな」とリラは考え始めた。まもなくその理由がわかり、エリと同じように眉間に皺を寄せて彼女のことをじっと見つめて言った。
すると、エリは一瞬リラの方に顔を向けたあと、どうしてかさらに力を込めて箱を押し始めた。あからさまな反応を見せる彼女に、リラはより皺を深くして
と名前を呼びながら詰め寄った。それでも最初は抵抗して箱を押し続けていたが、やがて観念したようでパッと手を離してポツリと言った。
うつむき服の裾をギュッとつかんでエリは謝る。
そんな彼女にリラはわがままを言う子どもに親が向ける困ったような微笑みを見せた。そして疲れてきてナマケモノが顔をのぞかせはじめた自分の体に、
と気合を入れなおし、箱押しを再開した。エリはけなげなリラの姿に胸がキュッと苦しくなって
と空を駆けていった。