エピソード7:スタート

文字数 1,202文字

 しばらくして――実際には三分程度だったが気持ちが沈みこんでいた彼女にとっては妙に長い時間だった――リラのもとへ、今度は壁から生えてくるようにエリは戻ってきた。
どうだった?
ダメだった。ずっと真っ暗だった
 さっきのことで気まずくてぎこちない笑顔でリラが尋ねたが、エリはそれに気づいているんだかいないんだか特に変わった様子もなく普通に答えた。
真っ暗? 夜ってこと?
ううん……なんていうか、電気が消えてるとかじゃなくて、なにもなくてまっくらって感じ
なにもない? 他の建物も人も?
 エリの奇妙な答えに気まずさも一瞬忘れて、リラは片方のまゆをつりあげた。
うん
 この時、リラは心苦しく思いながらもどんな些細な変化も見逃さないように目を光らせていた。それももしかしたらエリが嘘をついてるかもしれないと思ってのことだったが、怪しげな反応は見受けられなかった。自分の疑いが間違っていたとわかってエリは胸をなでおろしたが、新たな苦しみも得てしまった。
それじゃこの部屋はどうなってたの?
 二重の罪悪感にさいなまれながらリラは尋ねた。
うーん……その、まっくらな空間にぽつんと浮かんでいるというか
浮かんでる?
うん、上も下も右も左もぐるって回れて、あとまわりはまっくらだけどこの部屋だけはハッキリと見える
あーなるほど
 今の説明でどういった状態なのかリラは頭のなかに描くことができた。しかし、それが本当ならそうとうおかしなというか現実的ではない状況になり、そのため今度は
これって夢なんじゃ?
 と彼女は思った。そうであればなにもおかしなことはないからだ。だけど、その考えに納得することはできなかった。忘れていることのほうが多いけれど、夢見た朝に思い返すともっとなんかぼんやりとしているし、もっと前後のつながりがとっちらかっているしで夢を見ている感じがしない。それになにより目の前にいる彼女を――ボサボサの黒髪やその隙間から覗き見える瞳、自分とは真逆の落ち着いた雰囲気、そしてあの手の感触や冷たさ、通り抜けに遊覧飛行といったそれこそ夢のような体験を、自分の作り出した夢に終わらせたくなかった。
やっぱり現実だ! そうだ、本当なんだよ!
 だからリラはそう思いなおした。が、そうなると結局この状況――奇妙奇天烈な空間はいったいなんなのかと最初の問題に帰ってきてしまった。
ま、いいや!
 しかし、リラは元気よくそう言った。
ん? どうしたの?
ううん、なんでもない!
そう、わかった
 急にひとり納得するリラを不思議に思ってエリは尋ねたが、答えてはもらえなかった。しかし、その時のリラの笑顔がとても楽しそうだったので、自分のほうも楽しくなって彼女とおなじことを心のなかでつぶやき、気にしないことにした。
――あ
 ところがエリは言い終わったのと同時になにかに気がつき、そう小さな声をもらしてリラの背後を指さした。
ん? なに?
 気になってリラが振り返ると――――
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