ディレクター オバケとエリ
文字数 2,269文字
とエリの声が漏れるとモニターから叫び声が上がって『GAMEOVER』が真黒な画面にぽつんと現れた。
いまコントローラを握っているのはエリだけで、リラはそばのベッドに腰掛けニコニコとしながら彼女のプレイを見守っていた。部屋にオバケの影はひとつもなくふたりだけだった。残念ながら敗北してしまったものの緊迫の戦闘を終え、エリはホッとひと息つきコントローラを床に置くと、立ち上がってリラの隣に座った。
ラスボスとのバトルは、まるで道中でレベルを上げ過ぎてしまったときのように、哀れみに胸が痛む内容だった。自分の真骨頂が発揮できかつ密かに願っていたエリとのゲームということもあって、テンションが振り切ったリラはかつてないほど調子がよくオバケをイジメにイジメぬき、霊体だったからよかったもののこれがもし生身の同年代の子が相手だったら間違いなく泣いていただろう。実際、一回目のプレイが終わった時点でオバケの自信は塵も残らないほど粉砕され意気消沈し、やりすぎに気づいたリラが謝りたおしたほど。最後の対戦はそんな感じでリラとエリの圧勝で終わったのだがゲーム自体は続き、エリとオバケが『打倒リラ』を掲げ徒党を組んだかと思えばリラとオバケが手を組みエリを弄んだり、みんなで協力プレイをしたりして心ゆくまで遊び、それが終わるとオバケは「あとはおふたりで」と言い残し退室した。そうして二人きりになった彼女たちはとにかく色んなことをした。部屋にあるマンガを片っ端から読んでみたり、リラの洋服でファッションショーを開催したり、好きなジャンルのゲームも普段はあまりやらないジャンルのゲームも遊んだり、いつその時が訪れてもいいように思いつくかぎりのことを一緒にやった。
エリの苦戦したモンスターはリラの手によって瞬く間に絶命した。
エリはパチパチと手を鳴らす。
褒められてリラははにかむ。
リラはいつもの癖でセーブをしてからゲームを終了させ、ライブラリ―データも再現されたものなので現実にリラが購入したものだけ―を見ながらエリに尋ねた。その声の調子は向こうで遊びにきた友達に聞くときのとなんら変わりなかった。ベッドから降りてモニターにズラリと並んだゲームを眺めてエリが悩んでいると、白い影がそろそろと近寄ってきて申し訳なさそうな顔をして二人に声をかけた。
ふたりとも振り返ったままかたまり、部屋を満たしていた穏やかな雰囲気は霧散してしまった。それから同時にうつむき、いたたまれなくなったオバケも看板を伏せ、重苦しい沈黙が充満する。リラはただただ悔しかった。自分の無力さが恨めしかった。諦めなければ、投げ出さなければ、いつかは何とかなるゲームと違うどうすることもできない現実を、いまほど感じたことはなく胸が張り裂けそうだった。始める前に終わらせなければもっと苦しいことになると言った、その考えは今も変わらないけれどもうお別れをするしかないとなると、どうしても揺らいでしまう。リラはズボンごと拳を握りしめる。エリのほうがもっとつらいのに自分も悲しそうにしていてどうするのか、自分が励まさないと笑ってお別れをするために何か言わないといけないのに、言葉は胸でつまってしまう。視界に情けなくズボンをしわくちゃにするしかない自分の両手が映っている。ふいにそのきつく握られた手に青白い影が覆いかぶさった。リラは顔を上げる。エリは笑っていた。
熱いものがこみあげてくるのを感じながらなんとかリラは言った。
リラの手を柔らかく握ってエリは言った。
リラは大きく目を見開いた。やっぱり、そうだった。彼女はもういちど顔を伏せ、やがてふたたび顔を上げるとそこには屈託のない笑顔があった。
この言葉に偽りは欠片もなかった。今日あそんだステージ全部が独創的で新鮮で刺激的で、この先何十年と時を重ねようとも忘れることの決してない最高に楽しい時間だった。
ほんとにほんとだからね。だってゲームの中に入ったみたいだったし、それにエリが作った世界でたった一つの作品でしょ。あたしが生きているあいだにこれを超える作品は出てこないじゃないかな。エリのせいでもう人生のベストが決まっちゃったよ
リラは嬉しくてたまらないといった様子で肘でエリをつっついた。
くすぐったそうに身を引いてエリは返した。
とリラは感心したようにうなずきオバケのほうを振り返って、サムズアップをした。
軽い調子のお礼だったけれどオバケはその表情からリラの感謝の気持ちと喜びようがわかって、つられて顔がほころぶ。
ふいにリラは自分の部屋を見渡しながら言った。
彼女が何を悔しがっているのかわからずエリは首をかしげる。それを見てリラは眉間に皺を寄せてその疑問に答えた。