一.
文字数 2,368文字
ハリアーが日帰りで出かけたその日の夜更け。
プリモはこの日の家事をすべて終えると、ハリアーと一緒に自室へと戻った。
丸いテーブルに向かい、椅子に跨ったハリアー。何か意味ありげな、自信満々の微笑を湛えている。
椅子をハリアーに譲ったプリモは、ベッドの縁にちょんと座った。彼女の横には、あの魔術師ぬいぐるみも、ちょこんと鎮座している。
「さて」
と一言おいたハリアーが、大きな布包みをどさっ、とテーブルに載せた。
「その中には何が入っているんですか?」
さすがのプリモも好奇心を抑えきれず、彼女は楕円の瞳孔をテーブルの包みに注ぐ。
プリモの質問に答える代わりに、ハリアーもすぐに包みをほどき、中身をテーブルにの上に並べ始めた。
最初にハリアーが取り出したのは、大きく平たい紙の箱だ。彼女は椅子から腰を上げると、箱の中から一着の服を取り出して、プリモに掲げて見せる。
「どう?」
今ハリアーが手にしているのは、ペイルブルーのブラウスと、コバルトブルーのノースリーブワンピース。やや斜めにカットされたショルダーにシャープな襟元。それに胸元を飾る、銀で縁取られた象牙のボタンが愛らしい。
この塔の中には存在しない綺麗な服を前に、プリモも素直に瞳を輝かせた。
「素敵な服ですね」
顔を綻ばせたハリアーが、ブラウスとワンピースを椅子の背もたれにそっと掛け、別の箱から一足の靴と鎖編みの太いベルトを取り出した。
靴は踵の低めな白いパンプス。象牙と銀の留め金が付き、お洒落な品であるが、決して歩きにくそうではない。
一方ベルトは精緻な銀の鎖を束ねた、幅広の逸品。
さすがのプリモも、テーブルの品に憧れを禁じ得ない。つい熱い眼差しを注ぎつつ、プリモは素直な疑問を口にする。
「あの、これはどなたがお召しになるんですか?」
これを聞き、ハリアーは至極当然そうな表情でプリモを正視した。
「決まってるじゃない。プリモだよ」
「わ、わたしですか?」
思いがけないハリアーの答えに、プリモは喜びよりも戸惑いを覚えた。何を言えばいいのか分からないまま、目を白黒させるばかり。
言葉の詰まったプリモを見て、ハリアーが笑う。
「他に誰がいると思ってた?」
からかうような言葉を寄越し、ハリアーがワンピースを小脇に抱えてさらに続ける。
「プリモの詳しい寸法が分からなかったから、大体で選んで買ってきちゃったよ。ホントは仕立屋に頼みたかったけど、時間がなくて」
変に恨めし気なハリアーの半眼が、ふとプリモの胸を捉えた。
「あんたって、地味に胸おっきいから。キツかったらごめんね」
ハリアーの目付きが、何やら不穏当になる。獲物を狙う猛獣のような手つきも、どこか怪しげだ。ベッドの上でたじろぐプリモを見つめ、じりじりと女剣士がにじり寄ってくる。
「ほら、そんな悪趣味な服なんか脱いで脱いで」
「あ、あの、ちょっと、ハリアーさん?」
愛想笑いを浮かべ、後ずさりするプリモ。
そんなプリモに、それっ、とハリアーが跳びかかった。
「っあ!?」
いとも簡単に、プリモはベッドの上に押し倒された。
あれよあれよと言う間もなく、メイド服を剥ぎ取られ、滑らかでメリハリの効いた、プリモの象牙色の肢体が灯火の下に露わになる。
しかしプリモの豊満な胸も、キュッと締まった腰も、それに張りと弾力のあるお尻まで、すぐにハリアーの手で新品の服に覆い隠され、足も真新しい靴に押し込まれた。
「一丁上がりっ」
高らかに宣言したハリアーに手を引っ張られ、真新しい装いに包まれたプリモは、ベッドから床へと降りた。
メヴィウスに創られてこの方、プリモはこんな上等な服も靴も、一度も着たことがない。
戸惑いでいっぱいのプリモだが、初めて袖を通した上質な布地は、この上なく心地いい。奇妙な落ち着かなさと、柔らかな気持ちよさが複雑に入り乱れ、プリモはベッドの前に立ち尽くす。
彼女から三歩の離れて立ったハリアーが、プリモの全身を眺め回して何度もうなずいた。
「いいね。胸だけはちょっと心配だったんだけど、ピッタリみたいでよかった。よく似合うよ」
「そ、そうですか?」
ハリアーに誉められて、プリモもほっと安心した。
ちょっぴり気恥ずかしさを覚えつつ、彼女は控えめな仕草で自分の体を見回す。普段のメイド服よりも、体のラインはくっきり映る、気がする。
「プリモはいいトコのお嬢様、あたしはその護衛、ってところかな。明日はそれ着て行こうね」
そんなハリアーの言葉に続いて、プリモの肩に何かがふわりと被さった。
ハッと頭を動かすと、肩に掛かる純白のショールが視界に入った。割と厚手だが、重さはほとんど感じさせない。これもまたかなり高価なものなのだろう。
「あとはそれを羽織っていってね」
満足そうなハリアーの視線を浴びながら、ふりふりと自分の姿を眺めまわすプリモ。
はにかみとちょっぴりの喜びが、じんわりと胸の奥に湧き上がる。
この服を着て見せたら、旦那さまは喜んで下さるだろうか?
ほんの一言だけでも褒めてもらえたら、すごく嬉しいけれど……。
ハリアーが椅子に腰を下ろし、すらりと締まった脚を悠然と組んだ。
「今着てる服は、全部プリモにあげるからさ」
そんなハリアーの素っ気ない言葉が、夢見心地のプリモを現実に引き戻した。彼女は立ったまま首を横に振り、ハリアーを見つめてキッパリと主張する。
「いけません、そんなこと。こんな高価な服を頂くなんて」
だが、へっへと笑うハリアーは、取り合わない。
「いいのいいの。宿賃の代わりさ。メヴィウスに払うより、ずっとマシだよ」
プリモはこの日の家事をすべて終えると、ハリアーと一緒に自室へと戻った。
丸いテーブルに向かい、椅子に跨ったハリアー。何か意味ありげな、自信満々の微笑を湛えている。
椅子をハリアーに譲ったプリモは、ベッドの縁にちょんと座った。彼女の横には、あの魔術師ぬいぐるみも、ちょこんと鎮座している。
「さて」
と一言おいたハリアーが、大きな布包みをどさっ、とテーブルに載せた。
「その中には何が入っているんですか?」
さすがのプリモも好奇心を抑えきれず、彼女は楕円の瞳孔をテーブルの包みに注ぐ。
プリモの質問に答える代わりに、ハリアーもすぐに包みをほどき、中身をテーブルにの上に並べ始めた。
最初にハリアーが取り出したのは、大きく平たい紙の箱だ。彼女は椅子から腰を上げると、箱の中から一着の服を取り出して、プリモに掲げて見せる。
「どう?」
今ハリアーが手にしているのは、ペイルブルーのブラウスと、コバルトブルーのノースリーブワンピース。やや斜めにカットされたショルダーにシャープな襟元。それに胸元を飾る、銀で縁取られた象牙のボタンが愛らしい。
この塔の中には存在しない綺麗な服を前に、プリモも素直に瞳を輝かせた。
「素敵な服ですね」
顔を綻ばせたハリアーが、ブラウスとワンピースを椅子の背もたれにそっと掛け、別の箱から一足の靴と鎖編みの太いベルトを取り出した。
靴は踵の低めな白いパンプス。象牙と銀の留め金が付き、お洒落な品であるが、決して歩きにくそうではない。
一方ベルトは精緻な銀の鎖を束ねた、幅広の逸品。
さすがのプリモも、テーブルの品に憧れを禁じ得ない。つい熱い眼差しを注ぎつつ、プリモは素直な疑問を口にする。
「あの、これはどなたがお召しになるんですか?」
これを聞き、ハリアーは至極当然そうな表情でプリモを正視した。
「決まってるじゃない。プリモだよ」
「わ、わたしですか?」
思いがけないハリアーの答えに、プリモは喜びよりも戸惑いを覚えた。何を言えばいいのか分からないまま、目を白黒させるばかり。
言葉の詰まったプリモを見て、ハリアーが笑う。
「他に誰がいると思ってた?」
からかうような言葉を寄越し、ハリアーがワンピースを小脇に抱えてさらに続ける。
「プリモの詳しい寸法が分からなかったから、大体で選んで買ってきちゃったよ。ホントは仕立屋に頼みたかったけど、時間がなくて」
変に恨めし気なハリアーの半眼が、ふとプリモの胸を捉えた。
「あんたって、地味に胸おっきいから。キツかったらごめんね」
ハリアーの目付きが、何やら不穏当になる。獲物を狙う猛獣のような手つきも、どこか怪しげだ。ベッドの上でたじろぐプリモを見つめ、じりじりと女剣士がにじり寄ってくる。
「ほら、そんな悪趣味な服なんか脱いで脱いで」
「あ、あの、ちょっと、ハリアーさん?」
愛想笑いを浮かべ、後ずさりするプリモ。
そんなプリモに、それっ、とハリアーが跳びかかった。
「っあ!?」
いとも簡単に、プリモはベッドの上に押し倒された。
あれよあれよと言う間もなく、メイド服を剥ぎ取られ、滑らかでメリハリの効いた、プリモの象牙色の肢体が灯火の下に露わになる。
しかしプリモの豊満な胸も、キュッと締まった腰も、それに張りと弾力のあるお尻まで、すぐにハリアーの手で新品の服に覆い隠され、足も真新しい靴に押し込まれた。
「一丁上がりっ」
高らかに宣言したハリアーに手を引っ張られ、真新しい装いに包まれたプリモは、ベッドから床へと降りた。
メヴィウスに創られてこの方、プリモはこんな上等な服も靴も、一度も着たことがない。
戸惑いでいっぱいのプリモだが、初めて袖を通した上質な布地は、この上なく心地いい。奇妙な落ち着かなさと、柔らかな気持ちよさが複雑に入り乱れ、プリモはベッドの前に立ち尽くす。
彼女から三歩の離れて立ったハリアーが、プリモの全身を眺め回して何度もうなずいた。
「いいね。胸だけはちょっと心配だったんだけど、ピッタリみたいでよかった。よく似合うよ」
「そ、そうですか?」
ハリアーに誉められて、プリモもほっと安心した。
ちょっぴり気恥ずかしさを覚えつつ、彼女は控えめな仕草で自分の体を見回す。普段のメイド服よりも、体のラインはくっきり映る、気がする。
「プリモはいいトコのお嬢様、あたしはその護衛、ってところかな。明日はそれ着て行こうね」
そんなハリアーの言葉に続いて、プリモの肩に何かがふわりと被さった。
ハッと頭を動かすと、肩に掛かる純白のショールが視界に入った。割と厚手だが、重さはほとんど感じさせない。これもまたかなり高価なものなのだろう。
「あとはそれを羽織っていってね」
満足そうなハリアーの視線を浴びながら、ふりふりと自分の姿を眺めまわすプリモ。
はにかみとちょっぴりの喜びが、じんわりと胸の奥に湧き上がる。
この服を着て見せたら、旦那さまは喜んで下さるだろうか?
ほんの一言だけでも褒めてもらえたら、すごく嬉しいけれど……。
ハリアーが椅子に腰を下ろし、すらりと締まった脚を悠然と組んだ。
「今着てる服は、全部プリモにあげるからさ」
そんなハリアーの素っ気ない言葉が、夢見心地のプリモを現実に引き戻した。彼女は立ったまま首を横に振り、ハリアーを見つめてキッパリと主張する。
「いけません、そんなこと。こんな高価な服を頂くなんて」
だが、へっへと笑うハリアーは、取り合わない。
「いいのいいの。宿賃の代わりさ。メヴィウスに払うより、ずっとマシだよ」