二.

文字数 2,581文字

 訪問者ヴァユーを終始圧倒するハリアーだが、それでも大人しいプリモにとって、閃く武器自体が不安を掻き立てる。
 プリモは、つい今にも泣きそうな声を上げた。

「ハリアーさん、大丈夫ですか?」

 しかしハリアーは斬り付ける手を休めない。それどころか、余裕の笑みさえ湛えている。

「大丈夫大丈夫! まあ見てなって」

 そう答えた彼女の紫紺の瞳が、一瞬よそを向く。
 その刹那の間隙に、ヴァユーが目ざとく反応した。ふっと前かがみになった彼が、さっとハリアーから跳び退く
 三歩半ばかりの間合いを測り取って、ヴァユーが刺叉の磨き上げられた穂先をハリアーに向ける。鳶色の目に戦う意志を一杯に漲らせ、小さく息を整えた彼が、ひゅっと刺叉を突き出した。
 その冷たい風のような刺突(しとつ)は、正確にハリアーの喉元を狙う。

「をっ?」

 しかし彼女は微塵も動じない。
 素っ気なく身をこなし、するりと一撃をやり過ごした。

「んー、まあまあ鋭い衝きじゃ……」

 そんな彼女のつぶやきが完結するより早く、ヴァユーの二突目が繰り出された。
 ををっ、と声を上げ、体を捻ったハリアーの右手首を刺叉が掠める。彼女がわずかに崩れた姿勢を正すの待たず、雁股の穂先が三たびハリアーを襲う。サソリのハサミを思わせる刺叉が、ハリアーの足首目がけて風を斬った。

「ををを?」

 だがハリアーの目が、刺叉が繰り出される瞬間に狙いを察し、彼女はくるりと素早く宙へ跳ぶ。彼女の足首を捕えたかに見えた刺叉だが、ハリアーの宙返りで空しく地面を衝いた。
 すとんと着地したハリアーが態勢を整えるより先に、ヴァユーが地面から引き戻した刺叉を構え直した。
 そして自らもわずかに腰を落とすと、真正面から彼女に衝きかかった。  
 ばばばっ、と残像が残って見えるほどの刺突の嵐だが、ハリアーの余裕は崩れない。何十とも見紛うヴァユーの刺突を視認してひょいひょいと器用にかわしてのける。結い上げた赤い髪を揺らすその様は、まるで身軽で柔軟な、しっぽの長いイタチのようだ。
 彼が繰り出す幾多の刺叉をかいくぐりながら、ハリアーは突然問いをぶつけた。

「おい、ヴァユー。お前、“捕縛師(アブダクター)”だな? ああ、流派はメトセール流だったか」
「それがどうした?」

 得物を操る手を止めないまま、ヴァユーが無表情に短く返してきた。そこに否定の響きはない。
 片方の犬歯が光るハリアーの口許が、かすかに緩む。同時に、ハリアーは剣の柄を握る右手をゆっくりと頭上に翳された。その動きは、何かの構えを暗示するように見える。
 と、その彼女の手首を狙って、ヴァユーの刺叉が勢い良く突き出された。
 風を斬る穂先がハリアーの手首を挟み込んだかに見えた刹那、ハリアーの左手が穂先の根元をがしっと掴んだ。
 うっ、と低く呻き、刺叉を渾身の力で引き戻そうとしたヴァユー。
 だが、もう遅かった。
 反り身の剣をパッと手放すが早いか、ハリアーが刺叉をがっちりと両手で握る。ぐうっと刺叉の穂先を頭上まで高々と持ち上げ、ふん、と鼻を鳴らした。

「これでも食らっとけ!」

 そんな威勢のいい声とともに、ハリアーは刺叉を掴んだ両手を思いっきり振り下ろした。
 刺叉の長い柄が、ハリアーの渾身の反動をヴァユーに余すことなく伝え切る。自分が堅く握った刺叉に大きく振られ、ヴァユーの体が、ぐらりと揺れた。彼の足も、地面からふわりと浮き上がる。

「うわっ!?」

 一声上げたヴァユーがもんどり打って地面に倒れ伏し、彼の刺叉は手から離れて砂の上に転がった。
 舌打ちとともに、彼は腹這いのまま、刺叉に右手を延ばす。だがその腕は、背中で馬乗りになったハリアーにがっちり捕えられ、刺叉に届くことはなかった。

「はい、一丁あがり」

 ヴァユーを脇固めにぎりぎりと押さえ込み、ハリアーは会心の声を上げた。
 彼女の下で太い眉根をゆがめ、ヴァユーが対照的な嘆息を深く洩らす。

「わ、私が、こうも簡単に組み伏せられるとは……!」

 悔しさいっぱいのヴァユーの呻きを聞き、ハリアーが淡々と告げる。

「お前、腕はまあまあ悪くないけど、狙ってるトコがバレバレだ。まあ、“捕縛師”は標的を生け捕りにするのが仕事だから、狙いは手と首と足になりがちだけどな。得物が刺叉なら、なおさらだ」

 勝負の付いたハリアーとヴァユーを見て、プリモはふう、と安堵の息をついた。
 彼女は玄関先から踏み出して、ハリアーたちに歩み寄る。

「お二人とも、お怪我は?」
「あたしは大丈夫だってば。コイツもね」
 
 ハリアーはヴァユーを押さえ込んだまま、プリモに余裕のウインクを送った。
 そうして、すぐにハリアーがヴァユーの後頭部に目を戻す。

「それじゃあ、そろそろお前の依頼ってヤツを聞かせてもらおうかな。どうやらメヴィウスを生け捕りにしに来たらしいけど、依頼主も聞きたいね」

 地面にうつぶせるヴァユーの後頭部から、苦しげな声が洩れてくる。

「……分かった。分かったから、放してくれ」

 ハリアーが素直にヴァユーの上から退くと、彼もゆっくりと立ち上がった。
 むっと口をつぐみ、ヴァユーが体に付いた砂を両手で払いのける。だが彼の伏しがちな目は、一向にハリアーを見ようとはしない。やはり悔しいのだろう。
 そのヴァユーが、妙に無感情な口調でハリアーに告げる。

「私の用件と依頼主は、懐の紙を見れば分かる」
「見せてみろよ」

 言い返したハリアーが、くびれた腰に両手を当て、ぐっと彼を見上げた。その紫紺の瞳には、疑念がありありと浮かぶ。

「何かヘンなこと企んでないだろうな? “捕縛師”ってヤツは、大体ロクなのがいない」
「ひとのことを言えた義理か? この女賞金稼ぎ。そこまで言うなら、お前が取り出してみろ」

 皮肉めいた苦笑を交えて切り返し、ヴァユーがおもむろに両手を挙げた。掌を前に向け、彼はその手を高々と頭上まで伸ばす。
 そんな無防備な体勢を認め、ハリアーが彼の外套の中に右手を入れた。ごそごそと懐を探った彼女が、小さく声を上げる。

「ん? コレか?」

 ハリアーが、ヴァユーの外套から平たい物を引っ張り出した。
 
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