五.

文字数 2,301文字

 賞金稼ぎを名乗るハリアーの紫紺の瞳に、強い光が宿る。

「悪事を働いた連中を捕まえてね、引き換えにお金をもらう仕事さ」
「『あくじ』って?」
「うーん、賞金が懸かるくらいのヤツになると、大体は人殺しか泥棒だけどね。あたしが捕まえた連中だと、他には馬車強盗とか、八つの街を渡り歩いて“沙汰の限り”を尽くしたヤツとか」
「『さたのかぎり』って……」

 首を捻るばかりのプリモを見ながら、ハリアーが苦笑しつつ肩をすくめた。

「聞かない方がいいよ。プリモ、純情そうだから」

 そこでハリアーが、カップを傾けつつプリモに視線を注いでくる。

「あたしの専門は、冒険者や武人崩れの極悪人だから、金貨百枚単位で賞金がかかってる。一人捕まえれば、半年は食いつなげるんだ」
「危なくないですか? どうしてそんなお仕事をなさっているんです?」

 プリモが率直に聞くと、ハリアーはにやりと不敵な笑顔を見せた。

「一言で言っちゃえば、修行と最期の場所探し、だね」

 ハリアーの言う意味が理解できず、プリモさらに問いを重ねる。

「『さいごのばしょ』って、どこですか?」

 するとハリアーは、犬歯を光らせて、にっと笑った。紫紺の瞳には、矜持に満ちた誇り高い煌めきが宿る。

「あたしら赤龍は武人の一族でさ。ほとんどの子供は六歳で一族の誰かに弟子入りして、武術を究めるんだよ。そして最期は、自分より強いヤツに負けて死ぬのさ」

 ハリアーが、ふっと吐息をついた。

「本当は、師は一番弟子に全てを伝授して、最期には弟子に討たれて死ぬのが、あたしら赤龍の慣わしなんだけどね」

 そこでハリアーがふくれ面を見せ、荒く鼻息を鳴らす。

「でも一族最強の戦士は、あたしを妹子(でし)にするのをイヤがってさ」
「どうしてですか?」
「あたしが女だからだって! ホント、バカにしてるよ!」

 悪戯な頬をふくれさせ、唇をちょっと突き出したハリアーが、不満を隠さずに続ける。

「で、仕方がないから、家出同然にウチを飛び出してさ。伯父上の口利きで、腕の立つ騎士に妹子(でし)入りしたんだ。独立してから、しばらくは雑多な依頼で食いつなぐ冒険者稼業してたけど……」

 一度言葉を切ったハリアーが、軽く目を伏せた。

「あたしには一騎打ちが向いててね。武人崩れを専門に狙う賞金稼ぎになった、ってワケさ。これも赤龍の血の宿命かもね」

 そこでハリアーは、苦笑めいた息を洩らす。

「この稼業は、相手の命を()るのが目的だからね。あたしも、いつ相手に命を渡してもいい、そんな覚悟で賞金稼ぎをやってるよ」

 少女剣士の紫紺の瞳が、憂いを帯びてわずかに曇る。

「ひとってのは、生きるヤツはイヤでも生きるし、死ぬヤツはどう足掻いたって死ぬんだから。あたしも例外じゃない。つまり、あたしより強いヤツにやられる場所が、あたしの“最期の場所”さ」

 そう言っておきながら、ハリアーは強気ににやりと笑う。

「ま、でもあたしも簡単にやられるつもりはないよ。腕にはちょっと自信があるしね」
「そうですか……」

 うつむき加減に、ぽつりと答えたプリモ。
 プリモには、正直なところ、ハリアーの考え方が理解できない。
 
 それでも賞金稼ぎという仕事、それに赤龍の血筋にハリアーが強い誇りを抱いていることは、肌で感じ取れた。
 きっとハリアーは、プリモには想像もつかないほど、広い世界を旅して回り、いろいろなことを見聞きして来たに違いない。

 そこでプリモは、はっと思い出した。

 ……もしかしたら、ハリアーなら知っているかも。

 プリモは、尊敬に満ちたラピスラズリの瞳をハリアーに向けた。

「あの、ハリアーさんは、いろんな所へ行って、いろんなことを見聞きしていますよね?」

 空のカップを手にしたまま、一瞬きょとんとした顔を見せたハリアーだった。が、すぐに苦笑を洩らして軽くうなずく。

「あー、まあちょっとくらいはね」
「あの、ハリアーさんは、『偏向水晶(でぃふれくたーくぉーつ)』って、ご存じですか?」
「『偏向水晶』?」

 ハリアーが鸚鵡返しにプリモの問いを繰り返す。しばらく腕組みして考えていたハリアーだったが、すぐにプリモに向き直った。

「んー、そういえば、だいぶ前にメヴィウスからちらっと聞いた気がするよ。かなり特殊な水晶らしいね。アイツが探してるのかい?」

 聞き返されたプリモは、深くうなずく。

「はい。今の旦那さまのご研究に必要らしくて。それがなくて、ご研究が進まないと仰っていました。いろんな国を巡ったハリアーさんなら、ご存知かと思って」
「なるほどねえ……」

 ハリアーは腕組みのまま、あらぬ方を見上げた。

「アイツが見つけられないってことは、相当珍しい代物なんだろうけどなー」
「運が良ければ、どこか『ばざーる』か、詳しい商人さんから手に入れられるとか」
「バザールか……」

 むう、と小さく唸ったハリアーが、染み一つない天井を仰いだ。そして腕組みで思案に暮れること、数秒ばかり。ぱっとハリアーがプリモに向き直った。

「そうだ! アリオストポリのバザールなら、見つかるかも。アリオストポリのあるアープは交易国家だし、そのバザールも結構大きいよ」
「本当ですか!?」

 プリモも思わず弾んだ声を上げ、パンと濡れた手を打った。流し台の前から離れ、彼女は鴨居にもたれかかるハリアーへと歩み寄る。

「あの、わたしを、そのバザールへ連れて行って頂けませんか? お願いします!」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み