その33 男友達の自宅

文字数 1,959文字

 土曜日。ポピーのバイト上がりを待って一緒に店を出た。
 22:45。

「いいの?ほんとに。こんな遅い時間にお邪魔して」

「うん、平気。うちの家族、頓着ないから」

 わたしの自転車を三田くんが漕いで後ろに乗っけてってくれた。男の子と2人乗りなんて、わたしの人生に無いだろうって思ってた。

 三田くんが何やら歌い出した。

”Baby baby 自転車で  風の中を走ろうぜ oh yeah yeah
Baby baby 2人乗り  悲しみの交差点を越えよう”

「何、それ」

「エレファントカシマシの、”baby 自転車”、って曲。あまりにもこの状況にはまってたから、つい」

「へー」

 歌詞はすさまじく気恥ずかしいけど、三田くんの歌が意外に上手くて、ちょっとだけ、グっときた。

「あれ?お墓の中通るの?」

「う、うん・・・ここしか道無くてさ・・・」

 ソメイヨシノ発祥の地の染井霊園の、人がようやくすれ違えるぐらいの道を結構なスピードで走る。
 なんだろう。そんなに早く家に着きたいのかな?
 段差の度に少し腰を浮かせて尾骶骨へのダメージをやわらげる。

「ここ」

 ちょうど墓を抜けた辺りの、”ワシントンマンション”、とロゴのある7階建ての建物だった。

「名前はマンションだけどね、賃貸で家賃は10万ちょっと」

「安いね」

「古いからね」

 それから三田くんは建物の前にある坂道となった三叉路の向こうの敷地を指差す。

「そこ、昔は国立大学があったんだよね。今は移転して府中に行っちゃったけど」

 ふうん、と頷きながら2人してエレベーターに乗る。4階で扉が開く。

「ただいま」

 三田くんの後ろに続いてそのままリビングに進む。家族全員、起きて待っててくれていたようだ。

「ああ、いらっしゃいませ」

 お父さんなんだろう。三田くんと同じ顎のラインがすっきりした中年男性が、柔らかな声で迎えてくれた。

「長坂さん。えー、うちのばあちゃん、父親、母親、それと姉」

 そう言った後、三田くんは今度はくるっと家族の方を向く。

「同じクラスの長坂さん」

「こんばんは、長坂です。遅い時間にすみません」

「こんばんは、長坂さん」

 家族みんなで挨拶してくれたところで、三田くんが挙動不審になる。

「ということで」

「太郎!何が、”ということで”、よ。あんたが緊張してどうすんのよ!」

「うるさいなあ、緊張なんかしてねーよ」

「太郎?」

 三田くんとお姉さんの遣り取りに思わずこうつぶやいてしまった。

「まあまあ、座ってください」

 お母さんが椅子を勧めて、麦茶とメロンを出してくれた。

「じゃあ、年よりがいると気づまりだろうから、あと頼んだよ、悠子(ゆうこ)

「うん。おやすみ」

 お姉さんは、悠子さんか。それにしても・・・・

「三田くんって、太郎(たろう)だったっけ」

「・・・うん。名簿、持ってるでしょ?」

「まったく意識してなかった。でも、そんなこと言うなら、わたしの名前、知ってる?」

「・・・えーと・・・」

「ほら、知らないじゃない」

「長坂さんは、何ちゃん?」

「ひらがなで、”みつき”、です」

「わ、かわいい名前。じゃあ、みつきちゃん、て呼んでいい?」

「いいですよ。悠子さんもすごくきれいな名前。そう呼んでいいですか?」

「もちろん。太郎、あんたも、みつきちゃん、て呼ばせてもらったら?」

「いいよ、今更。それに、太郎って呼ぶなよ」

「家ん中で、”三田!”、なんて呼び合ったら訳分かんないでしょ。それとも、おい!とか、こら!って呼ぼうか」

「そっちの方がまだいーよ」

 苦笑するしかない。でも仲良さそうでちょっと羨ましい。

「ちょっと意外」

「何が?」

「三田くんにお姉さんがいたなんて」

「そう?」

「だって三田くんってクールだし、しっかりしてるからてっきりお兄ちゃんなのかなって思ってたら、弟だったんだね」

 悠子さんが、ぷっと吹き出す。

「太郎がクール?こんな甘えんぼいないよ?」

「うるさいなあ」

「こないだもさあ・・・」

「言うなよ!」

「え?何何?聞きたいです」

「言うよ?あのね、ばあちゃんと親と3人で千葉のおじさんの葬式に泊りがけで行ってね。家に太郎1人だったのね。わたしはゼミの飲み会だったんだけどメール入れて来てね」

「はいはい」

「”何時ぐらいに帰る?”、だって。1人で留守番できないのか、って感じ」

「ほんとに1人になるの嫌なんだよ!部屋から墓は見えるしさあ」

「え?もしかして三田くんてそういうの駄目なんだ?」

「・・・うん」

「太郎はさ、小さい頃から怖がりで甘えんぼだもんね」

「うるさい。大体こんな墓のど真ん中みたいな所にマンション建てる方がおかしいんだよ」

「何言ってんの。だから安いんじゃない。みつきちゃん、あのね。この部屋じゃないんだけど、2階のエレベーターの前の廊下にね・・・」

「だから、そういう話をするなって!」

「三田くん、かわいいとこあるんだね」


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