その12 三田くんに、話す

文字数 666文字

 場面は変わり、ポピー店内。

「全員救う、って、無理なんじゃない?」

「どういうこと?」

 三田くんの質問に対し、6文字の短い質問をかぶせる。

 カウンターの奥ではマスターが仕事を終えてタバコを吸いながら文庫本を読んでいる。

 土曜の夜。

 時刻は23:00を回った。閉店時間を30分程過ぎている。

「だって、人間の悩みって、いじめだけじゃないから」

 しばしの沈黙を置いて、わたしはひねり出した。

「それも、そうだね」

 意外なことに、三田くんはコーヒーを飲まない。仕事上がりの一息はいつもアイスティーだ。今時珍しいワイングラスの形をしたアイスティー用のグラスに注がれた紅茶色の液体をぼんやり眺める。

「知ってた?熱い紅茶を氷に注いでアイスティーにするのって難しいんだよ」

「ふうん」

「タイミングを間違えると濁るんだ」

「・・・"no name"のことだけど」

「うん」

「あの後、2つまたコメントが入って来たけど、基本同じ。”自分自身の事、書いたら?”、だって」

「長坂さんはどうしたいの」

「無視したい」

「じゃあ、すればいいんじゃない?」

「できないんだよね」

「どうして?」

「多分、痛い所を突かれてるから。わたし、第三者的に書いてるから、自分のことはやっぱり棚に上げてるんだよね」

「そっか」

「でも、自分が遭ったいじめのこと、書くことができないんだよね」

「どうして?」

「思い出すだけで、つらい



 あ、つらい

、なんて女言葉で言っちゃったのがちょっと恥ずかしい。
 恥ずかしいついでに思い切って言ってみる。

「三田くん」

「うん」

「わたしの話、聞いてくれる?」

「いいよ」

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