その37 天使の降臨

文字数 1,045文字

 おそらく自分の意思とは関係なく来店したお子様連れを除けば最年少記録の更新だろう。地下への階段をおそるおそる降りて来る様子はまさしく天使の降臨だった。
 マスターは一瞬驚きの表情を見せたけれども、すぐに普段通りの声で迎える。

「いらっしゃい」

 今日は三田くんはバイトの日じゃなく、お客としてテーブルに着く。
 
 バイトの大学生の男の子が声を掛ける。

「三田君、両手に花だな」

 軽く手を振る三田くん。

「え?もしかしてミタさんって本名だったんですか?」

「そーだよ」

「ミタさんってやっぱりおもしろいです」

 三田くんもまんざらじゃなさそう。

「元気にしてた?」

 挨拶代わりに訊いたら予想外の答えが返ってきた。

「いえ・・・ダメですね」

「え?ダメ?」

「はい」

「どうしたの?」

 ノネちゃんは一旦アイスココアを飲み込んでから少し沈黙した。わたしたちはゆっくり待つ。ようやく彼女が口を開いた。

「進路のことなんです」

「ああ」

「中学校どうするんだ、って。両親と話してて」

「もしノネちゃんが行くとしたらどこになるの?」

「校区だけで言ったらわたしの小学校の近くなんですけど、それだけは絶対嫌で」

「そうだよね」

「私立は?」

「ミタさん。わたしもそう考えたんです。体の障害の面でも色々柔軟に対応してくれそうな気がして。でも逆でした」

「逆?」

「生徒が自由に受けられるってことは、学校も自由に生徒を選べるってことです」

「支援学校みたいなところは?」

 わたしは気を遣いながら訊いてみた。彼女は首をふるっと振る。

「やっぱ、障害者って意識したくないか」

「違うんです」

 三田くんの問いにノネちゃんはきっぱり答える。

「わたしは自分の身勝手で腕を失くしました。運命でもって障害を抱えて戦ってる子たちと一緒に学ぶ資格が無いと思うんです」

「うーん」

「じゃあ、越境入学かな」

「いえ。実は案は1つ持ってるんです」

「ほんと?」

「はい」

「何、何?」

「インターナショナルスクールです」

「え?それって中学もあるの?」

「はい。あります」

「日本人でも入れるの?」

「一応。わたしが狙ってるところは学力選抜でも課外活動選抜でもハードルは高いですけど」

「勝算は?」

「”いじめの研究”に携わってることを前面に押し出そうと思ってます」

「おおっ」

「いいでしょうか」

「もちろん。ノネちゃん自身が体を張って勝ち取ってきたものだから」

「ありがとうございます。それとお2人にお願いが」

「うん。何でも」

 わたしがそう言って三田くんを見ると、彼もうんうんと頷いている。

「勉強、教えてください」

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