10、次の朝-5

文字数 1,539文字

 英里はパジャマに枕を抱え、隣の部屋の扉を叩いた。
「友彦兄さん……」
 扉はすぐに開く。ドアノブに飛びついたかと思うほどの一瞬だった。
「おう」
 友彦の寝相が悪いのを心配して、両親は広めのベッドを与えたのだと言う。
「ホントだ。ちょっと大きいね。セミダブルくらい?」
「どうだろな。でも、英里のベッドよりは広いだろ」
「うん」
 英里は遠慮がちに友彦の部屋へ入り、枕を抱いたまま立っていた。
「どうしたの?」
 友彦はにっこり笑って、英里の手を取った。英里は招き入れられるまま、友彦の寝台に腰かけた。友彦が英里の腕から枕を取り上げ、自分のと並べポンポンと形を整えた。
 嘘、みたいだ。
 受け入れられて、「好きだ」と言われて、またこのまま朝までいられる。
 友彦がさっき、「英里、枕を持っておいで」と笑って言った。気が遠くなりそうに幸せだった。
「英里……」
 友彦の唇が近付く。英里の気持ちを確かめるように、友彦は浅いキスをする。唇の感触に英里の身体がキュッと震える。英里の腕が友彦の背に回る。英里の反応を確認して、友彦はぬるりと舌を進めた。英里の背骨が崩れ寝台に沈む。
「ん……ん……んっ」
 こらえきれず英里の咽から漏れる声は、友彦の欲望を募らせた。やっと離した唇を、情熱的に英里の白い肌に這わせる。
「友彦兄さん……本当に平気なの?」
「……ん……何が」
「『何が』って」
 英里は唇をかんだ。
 素直には言葉にできない。悔しい、悲しい、怖い、それから――。
「あ……!」
 湯上がりの肌が剥き出しにされる。暖房はあるが、ひんやりとした冬の空気に素肌が、敏感なところが晒される。そして。
「あ……あ……んんっ」
 友彦は英里がこらえられず声を上げてしまう部分を、確実に学習していた。愛おしげに、意地悪く、友彦は英里を責めて高みへ昇らせる。
 身体の仕組みは同じだから、習得も早いのだろう。
 英里は自分の身体を、反応を止められない。
「あぁ……ともひこさん……はなして」
 英里が細い指を友彦の顎に延ばすが、友彦の動きを止めることはできない。
「おねがい……おねがいだからぁ」
 あ。もう、ダメだ。
「ともひこ……さぁん」
 その名を呼びながら、英里は痙攣した。
 英里の痙攣が止まるまで、友彦は愛撫を弛めなかった。甘い拷問のような時間。大きな息をついてぐったりする英里を、友彦は嬉しそうに抱きしめた。
「俺、何が平気じゃないって?」
 クスクスと笑いながら、友彦は英里の形のよい耳殻に吹き込んだ。英里はその身体をまたキュンと痙攣させる。
「友彦兄さん……」
「ん?」
 友彦の体温に包まれ、ゴツゴツと骨張った手に背を撫でられる。それがこんなに心地いい。英里が憧れた、友彦のあの手。それが今自分の身体の上にある。こんなに密着して。
 愛おしそうに自分の皮膚を撫で続ける。
 これはもう、否定できない。
 友彦の、英里に向ける感情の性質を。
「僕ね」
「うん」
「友兄の手、スキ」
 友彦は嬉しそうに英里の身体を揺すった。
「何だよう。手だけかよ」
 英里は友彦の胸に顔をうずめた。
「あったかくって、ゴツゴツしてて。すっごい気持ちイイ」
 英里の言葉に、友彦はピクリと震えて言葉を失う。友彦の欲望が勢いよく英里の太腿を押す。
(可愛いなあ……)
 英里は片手をそろそろと動かして、友彦の皮膚表面を撫でていく。
「んっ」
 英里の指が、さっきから太腿に当たっているそれに到達すると、友彦の咽から英里の思っていた通りの声が漏れる。
 友彦は、英里を嫌がらない。男の身体を嫌がらない。
(もう、それだけでいい)
 英里のことが特別なのか、それとももともとそういう性質(タチ)だったのか。
 そんなことも、もうどうでもいいことだ。
 早く寝室に引き上げた彼らふたりの身体の上に、優しい夜が更けていった。

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