6、悪夢-1
文字数 1,081文字
玄関から悲鳴が聞こえる。
朝っぱらから、うるさい。キャーという甲高い悲鳴。
「英里……あんた……あんた何してるの!」
ミルクセーキのように濁った頭で、英里はぼんやりと時計を見た。
何でこんな時間に、よりにもよって女の声。
「……うるさいな」
伸びかけた髪を掻きあげながら、開かない目を開く。
ワンルームマンションの玄関の扉が、スローモーションのようにパタリと閉じた。
「……誰」
ふとんの中から寝ぼけたままの声がする。
「ハハオヤ」
「はあっ!?」
バフッと羽ぶとんが宙を舞った。
「何だよ! それってマズイんじゃないの!?」
英里は無表情で戸口を見つめていた。
「マズイね。滅茶滅茶マズイ」
英里は床に落ちている衣服に目をやった。「えー」とか「わー」とか言っておろおろしている毛むくじゃらの背に、英里は下着を拾い上げて投げつけた。
「いいからアンタ、もう出てって」
男は傷付いたような顔をしたが、次の瞬間英里の放った下着を身につけ、あたふたと自分の衣服を拾い集めた。
英里は裸のまま、ぼんやりと男のすることを眺めていた。
動転して飛び出てしまったものの、外の空気を吸って冷静さをある程度取り戻したら、いつ誰に見られるか分からない道端に長居はできない。あの女はそろそろ戻ってくる。
服を着た男が慌てて逃げ帰ろうとした鼻先で、また勢いよくドアが開いた。
「キャッ」
「あ、どうもすみません。俺、これで失礼しますんで。どうぞごゆっくり」
まくしたてるように一気に言って、男はダッシュで出ていった。
綾子の背後で、ガチャリとドアが閉まった。
「英里」
英里は乾いた声で「何」と言った。
綾子は「今のひと、誰」と抑揚のない声で問うた。
「知らない」
さっきの男がふとんを大きくはねのけたので、英里の裸体は腰の辺りまで顕わになっていた。
「知らない?」
「知らない」
綾子は玄関先で靴も脱がずに尋問を続ける。
「恋人じゃないの?」
英里もふとんからはみ出たまま、身じろぎもせず単調に答える。
「別に」
綾子は「はあっ」とため息をついた。
「……あなた、こんなことがしたくて、家を出たの? こんな遊びのために、部屋を借りさせたの」
英里はそこで初めてふっと笑った。
「ああ……そうね」
乾いた笑いしか出てこなかった。
綾子は逆上して何かを投げつけた。「ぼふっ」という音がして、英里のすぐ傍らでふとんが深くへこんだ。学校指定の茶色の革靴が片方、羽ぶとんに沈み込んでいた。
ほんの一、二メートル先で、無表情のまま英里を見つめる、英里とそっくりな女。そっくり同じ顔が、少しのしわとたるみを震わせて向かい合っていた。
朝っぱらから、うるさい。キャーという甲高い悲鳴。
「英里……あんた……あんた何してるの!」
ミルクセーキのように濁った頭で、英里はぼんやりと時計を見た。
何でこんな時間に、よりにもよって女の声。
「……うるさいな」
伸びかけた髪を掻きあげながら、開かない目を開く。
ワンルームマンションの玄関の扉が、スローモーションのようにパタリと閉じた。
「……誰」
ふとんの中から寝ぼけたままの声がする。
「ハハオヤ」
「はあっ!?」
バフッと羽ぶとんが宙を舞った。
「何だよ! それってマズイんじゃないの!?」
英里は無表情で戸口を見つめていた。
「マズイね。滅茶滅茶マズイ」
英里は床に落ちている衣服に目をやった。「えー」とか「わー」とか言っておろおろしている毛むくじゃらの背に、英里は下着を拾い上げて投げつけた。
「いいからアンタ、もう出てって」
男は傷付いたような顔をしたが、次の瞬間英里の放った下着を身につけ、あたふたと自分の衣服を拾い集めた。
英里は裸のまま、ぼんやりと男のすることを眺めていた。
動転して飛び出てしまったものの、外の空気を吸って冷静さをある程度取り戻したら、いつ誰に見られるか分からない道端に長居はできない。あの女はそろそろ戻ってくる。
服を着た男が慌てて逃げ帰ろうとした鼻先で、また勢いよくドアが開いた。
「キャッ」
「あ、どうもすみません。俺、これで失礼しますんで。どうぞごゆっくり」
まくしたてるように一気に言って、男はダッシュで出ていった。
綾子の背後で、ガチャリとドアが閉まった。
「英里」
英里は乾いた声で「何」と言った。
綾子は「今のひと、誰」と抑揚のない声で問うた。
「知らない」
さっきの男がふとんを大きくはねのけたので、英里の裸体は腰の辺りまで顕わになっていた。
「知らない?」
「知らない」
綾子は玄関先で靴も脱がずに尋問を続ける。
「恋人じゃないの?」
英里もふとんからはみ出たまま、身じろぎもせず単調に答える。
「別に」
綾子は「はあっ」とため息をついた。
「……あなた、こんなことがしたくて、家を出たの? こんな遊びのために、部屋を借りさせたの」
英里はそこで初めてふっと笑った。
「ああ……そうね」
乾いた笑いしか出てこなかった。
綾子は逆上して何かを投げつけた。「ぼふっ」という音がして、英里のすぐ傍らでふとんが深くへこんだ。学校指定の茶色の革靴が片方、羽ぶとんに沈み込んでいた。
ほんの一、二メートル先で、無表情のまま英里を見つめる、英里とそっくりな女。そっくり同じ顔が、少しのしわとたるみを震わせて向かい合っていた。