10、次の朝-1
文字数 1,550文字
ベージュのカーテン越しにほんのりと朝日が揺れる。
遮光カーテンをかけていると、好きなときに起きて好きに寝る人工的な生活になる。それはそれで英里には快適だったが、その快適さには飽きてしまったかもしれない。いずれにせよ、それが快適だと感じるには隣に体温が必要だ。
そう。ちょうどこんな風な――。
耳許でくーくーと安らかな寝息がする。
英里の意識レベルが急上昇した。
(…………!)
目を開けるとそこに裸の友彦がいた。
(マズイ)
眠れない日々を過ごしていたため、ぐっすり寝入っていたようだ。
ベッドに飛び上がり、部屋中を跳ね回りたいのをぐっとこらえる。そんなことをしたら友彦が起きてしまう。
(マズイよ!)
ついに。
ついにやってしまった。
英里はパニックになった。
(どうしよう!)
ここにもいられなくなる。
ここを追い出されたら、行くところもないけれど。
(このひとに、もう、会えなくなってしまったら……)
英里は動揺した。
生まれてこんなに動揺したのは、綾子に冒険を見つかったあの朝だけだ。
――いや、あの朝だってこんなには動揺しなかった。どこかひとごとのような、投げやりな気持ちだったから。
(でも……)
友彦の寝顔を英里は見た。初めて見る。額にかかる前髪を、起こさぬようそっと指で掻き上げた。
(……カワイイ)
集中暖房が少し前から部屋の空気を暖めている。
カーテン越しに感じる外は晴れ。小春日和というやつだろうか。
ついに、やってしまった。
叔父叔母の留守に、この従兄を堕としてしまった。
従兄の身体に触れることは叶っても、まさか自分が愛してもらえるとは思ってなかったのに。
友彦はやすやすとその垣根を越えてこちらへ来てくれた。
英里の男子の身体を愛してくれた。
(友彦さん……)
英里は友彦の前髪に触れたまま、顔を寄せた。
(好きだよ)
うっとりと、好きなひとの寝顔をのぞき込む。
「ん……」
友彦が身じろぎし、ゆっくりと瞼を開けた。
「……友兄、起きた?」
英里は至近距離でささやいた。
友彦は嬉しそうに笑い、英里の身体に腕を回した。
「英里ィ」
友彦の腕がギュッと英里を抱きしめ、裸の肌が触れ合った。次の瞬間――。
「…………!!」
友彦は勢いよく英里を放し、ベッドの端へ飛びすさった。
恐慌を起こしている。目を白黒させて震えている。
――正気に戻ると、この反応なのか。
英里の胸の中が黒く塗りつぶされる。
「……何だよそれ」
怒りで何も見えなくなる。また馴染みの絶望へ、あの暗闇へ引き戻される。
「夕べはあんなに哀れっぽくすがったくせに、ひと晩経ったらもうそれかよ」
英里は裸のまま乱暴に身体を起こした。
「分かったよ。全部忘れてやる! なかったことにしてやるよ」
友彦は慌てて手を伸ばした。
「英里、ごめん。違うんだ」
英里は荒っぽくその手を振り払う。
「もういい!」
振り払われても、なおも友彦は英里にすがりつく。友彦はやっと英里の手首をつかんだ。
「英里!」
「離せ!」
「英里、ごめん英里。聞いて」
「うるさい、離せよ。二度と触んな」
英里は友彦の手から逃れようと暴れた。だが友彦は離さない。バランスを崩し、英里はベッドへ倒れ込んだ。
「……離せ」
自分の声が濡れているのが英里は悔しい。友彦は首を振った。
「いやだ。離さない」
押さえ込まれたまま、英里は唇をかみ、そっぽを向いた。
「ごめん。そんな積もりじゃなかったんだ。ただ俺、英里に嫌われたらどうしようって……」
英里の上で、友彦はおかしいくらいオロオロしている。首を向こうへ向けたまま英里は呟いた。
「……どうして嫌ったりなんかするんだ」
忌々しい、怒りが滲む声。なのに。
(こんなに)
英里の目尻から涙があふれる。
(こんなに好きなのに)
英里の鼻がぐしゅと鳴る。
遮光カーテンをかけていると、好きなときに起きて好きに寝る人工的な生活になる。それはそれで英里には快適だったが、その快適さには飽きてしまったかもしれない。いずれにせよ、それが快適だと感じるには隣に体温が必要だ。
そう。ちょうどこんな風な――。
耳許でくーくーと安らかな寝息がする。
英里の意識レベルが急上昇した。
(…………!)
目を開けるとそこに裸の友彦がいた。
(マズイ)
眠れない日々を過ごしていたため、ぐっすり寝入っていたようだ。
ベッドに飛び上がり、部屋中を跳ね回りたいのをぐっとこらえる。そんなことをしたら友彦が起きてしまう。
(マズイよ!)
ついに。
ついにやってしまった。
英里はパニックになった。
(どうしよう!)
ここにもいられなくなる。
ここを追い出されたら、行くところもないけれど。
(このひとに、もう、会えなくなってしまったら……)
英里は動揺した。
生まれてこんなに動揺したのは、綾子に冒険を見つかったあの朝だけだ。
――いや、あの朝だってこんなには動揺しなかった。どこかひとごとのような、投げやりな気持ちだったから。
(でも……)
友彦の寝顔を英里は見た。初めて見る。額にかかる前髪を、起こさぬようそっと指で掻き上げた。
(……カワイイ)
集中暖房が少し前から部屋の空気を暖めている。
カーテン越しに感じる外は晴れ。小春日和というやつだろうか。
ついに、やってしまった。
叔父叔母の留守に、この従兄を堕としてしまった。
従兄の身体に触れることは叶っても、まさか自分が愛してもらえるとは思ってなかったのに。
友彦はやすやすとその垣根を越えてこちらへ来てくれた。
英里の男子の身体を愛してくれた。
(友彦さん……)
英里は友彦の前髪に触れたまま、顔を寄せた。
(好きだよ)
うっとりと、好きなひとの寝顔をのぞき込む。
「ん……」
友彦が身じろぎし、ゆっくりと瞼を開けた。
「……友兄、起きた?」
英里は至近距離でささやいた。
友彦は嬉しそうに笑い、英里の身体に腕を回した。
「英里ィ」
友彦の腕がギュッと英里を抱きしめ、裸の肌が触れ合った。次の瞬間――。
「…………!!」
友彦は勢いよく英里を放し、ベッドの端へ飛びすさった。
恐慌を起こしている。目を白黒させて震えている。
――正気に戻ると、この反応なのか。
英里の胸の中が黒く塗りつぶされる。
「……何だよそれ」
怒りで何も見えなくなる。また馴染みの絶望へ、あの暗闇へ引き戻される。
「夕べはあんなに哀れっぽくすがったくせに、ひと晩経ったらもうそれかよ」
英里は裸のまま乱暴に身体を起こした。
「分かったよ。全部忘れてやる! なかったことにしてやるよ」
友彦は慌てて手を伸ばした。
「英里、ごめん。違うんだ」
英里は荒っぽくその手を振り払う。
「もういい!」
振り払われても、なおも友彦は英里にすがりつく。友彦はやっと英里の手首をつかんだ。
「英里!」
「離せ!」
「英里、ごめん英里。聞いて」
「うるさい、離せよ。二度と触んな」
英里は友彦の手から逃れようと暴れた。だが友彦は離さない。バランスを崩し、英里はベッドへ倒れ込んだ。
「……離せ」
自分の声が濡れているのが英里は悔しい。友彦は首を振った。
「いやだ。離さない」
押さえ込まれたまま、英里は唇をかみ、そっぽを向いた。
「ごめん。そんな積もりじゃなかったんだ。ただ俺、英里に嫌われたらどうしようって……」
英里の上で、友彦はおかしいくらいオロオロしている。首を向こうへ向けたまま英里は呟いた。
「……どうして嫌ったりなんかするんだ」
忌々しい、怒りが滲む声。なのに。
(こんなに)
英里の目尻から涙があふれる。
(こんなに好きなのに)
英里の鼻がぐしゅと鳴る。