3、当番-5

文字数 1,082文字

「楽しそうな部活だね」
 ふたりで歩く帰り道。
「そうだな。面白い連中だよ」
 ちょっと寒い。北海道の一〇月はどんどん秋が深まっていく。
「英里も入っちゃえば? お勧めだよ。身体はラクだし、高文連も常勝だし」
 常勝って。
「へえ、『強い』んだ」
 英里は茶化した積もりで言った。
「うん。全道大会進出必至の強豪だから」
 ところが友彦の返事はいたって普通で、肩すかしを喰らってしまった。友彦は付け加えた。
「あとウチの学校が強いのは、将棋部と天文部かな?」
「はあ」
 進学校ってこういうもの? 英里はたった半年在籍した前の高校を思い返した。あまりに参加してなくて、何が強いのか全然知らない。 
「文化系……ばっかりだね」
「ああ、運動部だと、山岳部が強いぞ。あと水球部?」
「それって、他校にその部がないだけだよね」
 友彦のとぼけた回答に、英里はブウッと噴き出した。
 英里の笑顔を見ると、友彦もなんだか嬉しそうに笑う。
 友彦の笑顔は、可愛い。ついじーっと見つめてしまいそうになる。英里は慌てて視線をそらした。歩道のアスファルトに、濃色の小さな水玉がぽつりとできた。
「あれ……? 雨だ」
「お、マジか」
 友彦がカバンの中を漁った。
「傘、傘……英里、傘持ってるか?」
「うん、持ってるよ。折り畳みが入ってる」
 英里は自分のカバンを叩いてみせた。
「そっか。このくらいの降りで済めばいいけどな」
 まだ傘を差すほどの降りではない。
 秋の天気は変わりが速い。英里に傘の携帯がなければ、友彦は自分の傘を差しかけてくれるだろう。それはファンタジックで素晴らしい妄想だが、実際にそんなことになったら耐えられる気がしない。心臓が、壊れてしまう。
 それだけならまだしも。
 自分のふつふつと湧き上がる暗い気持ちを、このひとに悟られたくない。
 今日の化学室では危なかった。まさか友彦があんなに身体を密着してくるとは思わなかった。
 くっついて、英里の瞳のほんの数センチ先で、後輩たちとしゃべっていた。
 落ちそうになった英里を、腰を抱いて止めてくれたり。
 勘違い……しそうになる。
 違う違う。友彦は昔から、優しいコだった。
 最初の日に、暢恵が言っていた。
(もう、この子ったら、昔からあなたのこと、『英里(えり)ちゃん英里ちゃん』ってホント大好きなのよね)
(英くんが来ると片時も離れなくて)
 そう。幼い頃の印象が今も残っているだけ。
 冷たい雨滴が頬に落ちた。
「急ごう。本降りにならないうちに」
 そう言って、友彦は英里の腕を引いた。
「……うん」
 友彦に促され、英里も早足で彼の背を追った。
 曇天に、オレンジのジャケットだけが眩しかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み