9、ふたり-6
文字数 2,204文字
英里はついに「だって」と答えた。
「僕は」
「ん?」
消え入りそうな声を聞き逃すまいと、友彦は英里の唇に耳を寄せる。
英里は観念して、一番言いたくないことを白状した。
「僕は女のコじゃないんだよ」
「英里?」
英里には分かっていた。友彦は自分と同じじゃない。
「見たら友兄、がっかりするよ。がっかりして、もう僕のことキライになる」
泣きそうな声で英里が発したその言葉に、友彦は咽の奥でくくと笑った。
「分かってるよそんなこと」
「友兄……」
「当たり前だろ、英里が女のコじゃないなんて。こないだだって風呂場で見たし」
「…………」
焦らしの手管なのか。うっかり本心が漏れたのか。言っている英里にももう区別がつかない。ただ悲しかった。自分は本当はこのひとに相応しくはないのだと、誰にもはばからずこのひとを求めてよいのだと、胸を張ることはできない。惚れた男の腕の中で、英里はそのことが悲しかった。こんな気持ちになるのは初めてだった。
英里の逡巡を、友彦は知ってか知らずか、熱い吐息でこう言った。
「分かってて、それでも俺は英里に触りたい。英里がしてくれたみたいに、俺も英里のこと気持ちよくしたい。初めてだから、うまくできないと思うけど……」
「う……」
友彦の指が英里の背から腹側へ回る。脇腹を、へその辺りを、遠慮がちに進む骨張った指。英里がずっと、ずっと欲しかった指だ。
「ダメか……?」
しゅんと子犬のような目をして、友彦は英里にそう訊いた。英里は友彦には弱い。そんな風に訊かれて、拒める訳なんか、ない。
「冷たくなったクセに」
「英里……?」
英里は恥ずかしくて悔しくて、小さな声が震えてしまう。
「ぷいって、出てったじゃない」
「え……?」
「バスルームの掃除を僕に教えてくれたとき。掃除が終わってシャワーしてたら急に」
「あれは……!」
友彦はそこで言葉を切った。
英里は睫毛を伏せた。
「……ほら。やっぱり見たくないんでしょ」
「違う!」
友彦は英里の言葉を慌てて遮った。
「あのときは、その、……反応しちゃったから」
「え?」
恐る恐る英里が目を上げると、真っ赤になった友彦が一生懸命説明する。
「だって、裸であんなに近くにいたら、しょーがないだろ。英里はキレイなんだから」
風呂掃除の夜、あんなに楽しくじゃれついていたのに、雨のようなシャワーを止めた瞬間友彦の態度が硬化した。あのとき、英里は内心傷付いていたらしい。友彦が急に態度を変えた理由を聞いた今、英里はもう一度友彦の視線を自分の身体に向けさせる。
「……ちょっと触るだけなら」
これは手管か? 自分でももう分からない。
「本当に大丈夫か、確かめて」
小さな声でそう言って、英里はシャツの前を自分ではだけた。机の上のスタンドの灯りが斜めに照らすシングルベッドに横たわり、仰向けに白い腹を見せる。
友彦の視線を釘付けにしたまま、英里はジーンズのホックを外し、ゆっくりとジッパーを下ろした。わずかに腰を浮かす。その腰に友彦はむしゃぶりついた。視覚の暴力だ。これに抗える男はこれまでいなかった。
友彦の感触に、英里の咽が鳴る。
「ん……んん」
友彦に衣類をはぎ取られると、ひんやりとした空気と友彦の視線が肌を刺す。英里の欲望に、友彦がそっと指を伸ばした。
「あ……」
その感触は電流のようだ。英里の腰がしなり、震えた欲望が友彦の頬に当たった。友彦は嫌悪することなく、その唇でそっと英里の欲望に触れた。
「ん……!」
友彦はよい生徒だった。英里が友彦に施した技術を、忠実に模倣して英里に返してくれた。友彦は「大丈夫」だったようだ。そのハードルを乗り越えてきてくれたこと。英里にはそれが何より嬉しい。
友彦の動きに、こらえきれず英里は咽の奥で声を漏らす。友彦の舌がもどかしくて、なまめかしく英里の腰がうごめいた。そんな英里の反応に、友彦は舌と指の動きをヒートアップさせていった。
「あ……あ……あ……」
与えられる感覚に恍惚と甘い声を上げてしまう。
高みへ押し上げられそうになり、英里は慌てて友彦を止めた。
「ダメ!」
友彦は英里に顎を止められ、不満そうにする。
「英里、手を離して」
英里は首を振った。
「ダメだよ」
「どうして」
「だって……」
悲しいのか、欲望を遂げられず苦しんでいるのか、眉を寄せる英里はその目に涙を浮かべている。友彦は英里の手をよけ、続きに戻った。
「お願い、離して……出ちゃう……出ちゃうから……ぁ」
きっとそれには友彦は耐えられない。英里はそれを回避しようと腰を動かす。友彦は英里が逃げられないよう脚に体重をかけた。英里の声色が変わる。友彦はスピードを上げた。
「んんっ。んんっ。……あんっ……ああ」
英里の細い身体はガクガクと痙攣した。
いくども身体が跳ねて、ぐったりとした英里は、足下にうずくまる友彦に目をやった。友彦の口の端から英里のものが垂れた。
「……だからダメって言ったじゃない」
英里はティッシュペーパーを取って「ほら、出して」と友彦を促す。
「ダメじゃない」
欲望を放出したあとの気だるさにボーッとなって、ふたりはシングルベッドに折り重なるように寝そべった。
友彦は言った。
「……ダメじゃなかった」
「……うん」
だったらいいけど。英里はそう口にしたのかどうか。意識が薄らいでいく。
「英里……」
「うん……」
英里を胸に抱きよせて、友彦は「好きだ……」とささやいたような気がした。
「僕は」
「ん?」
消え入りそうな声を聞き逃すまいと、友彦は英里の唇に耳を寄せる。
英里は観念して、一番言いたくないことを白状した。
「僕は女のコじゃないんだよ」
「英里?」
英里には分かっていた。友彦は自分と同じじゃない。
「見たら友兄、がっかりするよ。がっかりして、もう僕のことキライになる」
泣きそうな声で英里が発したその言葉に、友彦は咽の奥でくくと笑った。
「分かってるよそんなこと」
「友兄……」
「当たり前だろ、英里が女のコじゃないなんて。こないだだって風呂場で見たし」
「…………」
焦らしの手管なのか。うっかり本心が漏れたのか。言っている英里にももう区別がつかない。ただ悲しかった。自分は本当はこのひとに相応しくはないのだと、誰にもはばからずこのひとを求めてよいのだと、胸を張ることはできない。惚れた男の腕の中で、英里はそのことが悲しかった。こんな気持ちになるのは初めてだった。
英里の逡巡を、友彦は知ってか知らずか、熱い吐息でこう言った。
「分かってて、それでも俺は英里に触りたい。英里がしてくれたみたいに、俺も英里のこと気持ちよくしたい。初めてだから、うまくできないと思うけど……」
「う……」
友彦の指が英里の背から腹側へ回る。脇腹を、へその辺りを、遠慮がちに進む骨張った指。英里がずっと、ずっと欲しかった指だ。
「ダメか……?」
しゅんと子犬のような目をして、友彦は英里にそう訊いた。英里は友彦には弱い。そんな風に訊かれて、拒める訳なんか、ない。
「冷たくなったクセに」
「英里……?」
英里は恥ずかしくて悔しくて、小さな声が震えてしまう。
「ぷいって、出てったじゃない」
「え……?」
「バスルームの掃除を僕に教えてくれたとき。掃除が終わってシャワーしてたら急に」
「あれは……!」
友彦はそこで言葉を切った。
英里は睫毛を伏せた。
「……ほら。やっぱり見たくないんでしょ」
「違う!」
友彦は英里の言葉を慌てて遮った。
「あのときは、その、……反応しちゃったから」
「え?」
恐る恐る英里が目を上げると、真っ赤になった友彦が一生懸命説明する。
「だって、裸であんなに近くにいたら、しょーがないだろ。英里はキレイなんだから」
風呂掃除の夜、あんなに楽しくじゃれついていたのに、雨のようなシャワーを止めた瞬間友彦の態度が硬化した。あのとき、英里は内心傷付いていたらしい。友彦が急に態度を変えた理由を聞いた今、英里はもう一度友彦の視線を自分の身体に向けさせる。
「……ちょっと触るだけなら」
これは手管か? 自分でももう分からない。
「本当に大丈夫か、確かめて」
小さな声でそう言って、英里はシャツの前を自分ではだけた。机の上のスタンドの灯りが斜めに照らすシングルベッドに横たわり、仰向けに白い腹を見せる。
友彦の視線を釘付けにしたまま、英里はジーンズのホックを外し、ゆっくりとジッパーを下ろした。わずかに腰を浮かす。その腰に友彦はむしゃぶりついた。視覚の暴力だ。これに抗える男はこれまでいなかった。
友彦の感触に、英里の咽が鳴る。
「ん……んん」
友彦に衣類をはぎ取られると、ひんやりとした空気と友彦の視線が肌を刺す。英里の欲望に、友彦がそっと指を伸ばした。
「あ……」
その感触は電流のようだ。英里の腰がしなり、震えた欲望が友彦の頬に当たった。友彦は嫌悪することなく、その唇でそっと英里の欲望に触れた。
「ん……!」
友彦はよい生徒だった。英里が友彦に施した技術を、忠実に模倣して英里に返してくれた。友彦は「大丈夫」だったようだ。そのハードルを乗り越えてきてくれたこと。英里にはそれが何より嬉しい。
友彦の動きに、こらえきれず英里は咽の奥で声を漏らす。友彦の舌がもどかしくて、なまめかしく英里の腰がうごめいた。そんな英里の反応に、友彦は舌と指の動きをヒートアップさせていった。
「あ……あ……あ……」
与えられる感覚に恍惚と甘い声を上げてしまう。
高みへ押し上げられそうになり、英里は慌てて友彦を止めた。
「ダメ!」
友彦は英里に顎を止められ、不満そうにする。
「英里、手を離して」
英里は首を振った。
「ダメだよ」
「どうして」
「だって……」
悲しいのか、欲望を遂げられず苦しんでいるのか、眉を寄せる英里はその目に涙を浮かべている。友彦は英里の手をよけ、続きに戻った。
「お願い、離して……出ちゃう……出ちゃうから……ぁ」
きっとそれには友彦は耐えられない。英里はそれを回避しようと腰を動かす。友彦は英里が逃げられないよう脚に体重をかけた。英里の声色が変わる。友彦はスピードを上げた。
「んんっ。んんっ。……あんっ……ああ」
英里の細い身体はガクガクと痙攣した。
いくども身体が跳ねて、ぐったりとした英里は、足下にうずくまる友彦に目をやった。友彦の口の端から英里のものが垂れた。
「……だからダメって言ったじゃない」
英里はティッシュペーパーを取って「ほら、出して」と友彦を促す。
「ダメじゃない」
欲望を放出したあとの気だるさにボーッとなって、ふたりはシングルベッドに折り重なるように寝そべった。
友彦は言った。
「……ダメじゃなかった」
「……うん」
だったらいいけど。英里はそう口にしたのかどうか。意識が薄らいでいく。
「英里……」
「うん……」
英里を胸に抱きよせて、友彦は「好きだ……」とささやいたような気がした。