5、執着-1
文字数 1,593文字
(あれはちょっと、マズかったかな……)
自室に引っ込んで、友彦は昼間の行動を思い返した。
放課後の化学室で。
木下が英里の腕をつかんでいるのを見て、瞬間頭に血が上ってしまった。
木下の肩を揉むふりをして、無理矢理英里の腕を放させた。
(誰にも、気づかれてない、よな。木下にも、もちろん英里にも)
木下に一切の邪気がないことは知っている。だが、友彦は焦ってしまった。
英里のこととなると平静ではいられない。
そもそも今日、担任が提出物のことで手間取って、HRが長引いたのが始まりだった。
いつもより十分も遅く解放された友彦は、急いで英里の教室へ向かったが、もう英里はいなかった。焦って生徒玄関へ行ってみると、英里の外靴がまだあった。校内にまだいるとすれば……、木下の姿もなかったということは……と推理し、二階の化学室へ行ってみた。推理は当たり、英里はいた。
木下と仲良く腕を組んで。
十月に入ってすぐ、従弟の英里君が家に来ると両親から聞いた。友彦はワクワクした。仲がよかった可愛い従弟だ。会わなくなって長く経つが、そのコのことはずっと覚えていた。
エリちゃん。可愛いエリちゃん。
あんなに可愛かった従弟だが、さすがにもう十六歳になっている。友彦はあのエリちゃんがそのまま大きくなった姿を想像しないよう、しないようと自分に言い聞かせて待っていた。
ところが――。
琴似駅のホームに下りてきたとき、どれがそのコかすぐに分かった。
英里は友彦の想像を大きく超えて、美しかった。
白い頬に睫毛の影が濃く落ち、自分を見上げる瞳はうるんだように輝いていた。
友彦は、内心の動揺を隠し、平静を装ってその指から荷物を受け取った。
一瞬触れた指は細くて冷たく、自分の両手で吐く息で温めてやりたくなった。
あのエリちゃんがそのまま大きくなった姿よりも、もっとずっと、ずっとキレイで、そして。
何か、自分の目を奪う何かの魅力があった。
キレイなのに、どこか淋しそうな、影があるような感じが、それか?
この時期に東京の進学校を蹴ってこんなところにやってくるなんて、何かあるに決まっている。そのせいで影が刻まれてしまったのだろうか。
なら、何百キロも離れたこの地で、自分が笑顔にしてやることが、いつかできるかも知れない?
そこから、どうやって家まで連れてきたのか。焦っていろんなことを喋った気がする。何を喋ったかはどれも思い出せないけれども。
英里が方向音痴と知ったとき、これ幸いと喜んだ。道案内を言い訳に、朝も帰りも一緒にいられる。一緒に帰ってきた家では、一緒に遊んで、一緒に勉強して。
どうしても興味を持てず、進まなかった受験勉強に、ここへ来て真面目に取り組めるようになった。そんな友彦をからかいながら、両親が安心しているのが分かる。
勉強道具を広げていれば、その間は英里と一緒にいられるから。
友彦は、自分がどうしてこの従弟に執着してしまうのか、分かっていない。
分からないながら、後輩が気安く従弟に触れているのが許せなくて。
それで、今日はあんな行動を取ってしまった。
先ほども、両親が突然勉強しだした友彦をからかうので、半ばムッとしたように台所を飛び出してきた。
ああでもしないと、何か、言ってはいけないことを言ってしまいそうになったから。
(英里……)
ドアの外で、パタパタと階段を上がってきて、また下りていく足音がした。英里は風呂に入るのだろう。着替えを取りにきた音だ。
(エリちゃん……)
キレイで、可愛くて。
細い身体つきが危うくて、いつもそばにいたくなる。
誰にも触れさせず、自分だけのものにしておきたくなる。
もしかして、自分はどこかおかしいかもしれない。
お気に入りの従弟を可愛がる範囲を、いつの間にか越しているのかもしれない。
友彦は、もう聞こえない英里の足音を、いつまでも耳の奥で聞いていた。
自室に引っ込んで、友彦は昼間の行動を思い返した。
放課後の化学室で。
木下が英里の腕をつかんでいるのを見て、瞬間頭に血が上ってしまった。
木下の肩を揉むふりをして、無理矢理英里の腕を放させた。
(誰にも、気づかれてない、よな。木下にも、もちろん英里にも)
木下に一切の邪気がないことは知っている。だが、友彦は焦ってしまった。
英里のこととなると平静ではいられない。
そもそも今日、担任が提出物のことで手間取って、HRが長引いたのが始まりだった。
いつもより十分も遅く解放された友彦は、急いで英里の教室へ向かったが、もう英里はいなかった。焦って生徒玄関へ行ってみると、英里の外靴がまだあった。校内にまだいるとすれば……、木下の姿もなかったということは……と推理し、二階の化学室へ行ってみた。推理は当たり、英里はいた。
木下と仲良く腕を組んで。
十月に入ってすぐ、従弟の英里君が家に来ると両親から聞いた。友彦はワクワクした。仲がよかった可愛い従弟だ。会わなくなって長く経つが、そのコのことはずっと覚えていた。
エリちゃん。可愛いエリちゃん。
あんなに可愛かった従弟だが、さすがにもう十六歳になっている。友彦はあのエリちゃんがそのまま大きくなった姿を想像しないよう、しないようと自分に言い聞かせて待っていた。
ところが――。
琴似駅のホームに下りてきたとき、どれがそのコかすぐに分かった。
英里は友彦の想像を大きく超えて、美しかった。
白い頬に睫毛の影が濃く落ち、自分を見上げる瞳はうるんだように輝いていた。
友彦は、内心の動揺を隠し、平静を装ってその指から荷物を受け取った。
一瞬触れた指は細くて冷たく、自分の両手で吐く息で温めてやりたくなった。
あのエリちゃんがそのまま大きくなった姿よりも、もっとずっと、ずっとキレイで、そして。
何か、自分の目を奪う何かの魅力があった。
キレイなのに、どこか淋しそうな、影があるような感じが、それか?
この時期に東京の進学校を蹴ってこんなところにやってくるなんて、何かあるに決まっている。そのせいで影が刻まれてしまったのだろうか。
なら、何百キロも離れたこの地で、自分が笑顔にしてやることが、いつかできるかも知れない?
そこから、どうやって家まで連れてきたのか。焦っていろんなことを喋った気がする。何を喋ったかはどれも思い出せないけれども。
英里が方向音痴と知ったとき、これ幸いと喜んだ。道案内を言い訳に、朝も帰りも一緒にいられる。一緒に帰ってきた家では、一緒に遊んで、一緒に勉強して。
どうしても興味を持てず、進まなかった受験勉強に、ここへ来て真面目に取り組めるようになった。そんな友彦をからかいながら、両親が安心しているのが分かる。
勉強道具を広げていれば、その間は英里と一緒にいられるから。
友彦は、自分がどうしてこの従弟に執着してしまうのか、分かっていない。
分からないながら、後輩が気安く従弟に触れているのが許せなくて。
それで、今日はあんな行動を取ってしまった。
先ほども、両親が突然勉強しだした友彦をからかうので、半ばムッとしたように台所を飛び出してきた。
ああでもしないと、何か、言ってはいけないことを言ってしまいそうになったから。
(英里……)
ドアの外で、パタパタと階段を上がってきて、また下りていく足音がした。英里は風呂に入るのだろう。着替えを取りにきた音だ。
(エリちゃん……)
キレイで、可愛くて。
細い身体つきが危うくて、いつもそばにいたくなる。
誰にも触れさせず、自分だけのものにしておきたくなる。
もしかして、自分はどこかおかしいかもしれない。
お気に入りの従弟を可愛がる範囲を、いつの間にか越しているのかもしれない。
友彦は、もう聞こえない英里の足音を、いつまでも耳の奥で聞いていた。