3、当番-2
文字数 1,801文字
ふたりで肩を並べて帰宅すると、友彦はカバンを居間に放り投げてTVをつける。
「友兄、コーヒー淹れようか」
英里はソファの足下にカバンを置き、配線を引っ張る友彦に声をかけた。
永井家の朝食はパンが多く、飲みものは各自好きなものを淹れて飲む習慣らしい。英里は紅茶やらコーヒーやらの準備を覚えた。
「マジ? サンキュ」
友彦は台所の英里に嬉しそうな笑顔を向けた。
友彦は受験生のくせに、それまでの生活パターンを変えず、帰宅するとまずゲームだ。
好んでプレイするのはシューティングやアクションのような単発で終わるもの。英里がいるときは、操作がシンプルなレトロゲームをよく選ぶ。本当はRPGも好きだそうだが、長時間拘束されるストーリーものはさすがに控えているとのこと。
英里が湯気の立つマグカップを両手に持って居間へ戻ると、TVの画面には古いアクションゲームが映っていた。
英里は友彦の邪魔をしないよう、友彦の手の届くところにカップをひとつ置いた。
「あー、見たことあるコレ」
一時期英里がよく入った「喫茶店」の隅に、一台古いゲーム機が置かれていた。ベットできず、わざわざそうした店にハマりに行くゲーム好きには好まれないが、英里のような連れられて入っただけの、いわば「外道客」が適当に時間を潰せる、安全な台だった。その画面が、居間のTVに映し出されている。
「やったことある?」
「うん。少し」
「じゃ、一緒にやろう。これ、協力プレイが有利なんだ」
「うん」
パズルの要素もある面クリ系のアクションだ。友彦のように上手くはないが、経験のあるゲームだったので、英里にも何とかついていけた。ひとりプレイしかしたことはなかったが、確かにふたりでやると面白い。
下手っぴな英里は、画面のキャラを飛んだり跳ねたりさせるたび、身がすくんでわあきゃあ言ってしまう。友彦はそんな英里のキャラが敵に襲われそうになると、飛んできて敵キャラを倒していく。コントローラを操作する身体が何度もぶつかるうち、相手の身体に、存在に馴れていく。遠慮がなくなり、触れ合うことに抵抗がなくなる。
友彦の身体は温かくて、ゴツゴツしていて、力強い。英里がぶつかっても、寄りかかっても、少しも嫌がる気配がなかった。友彦もきわどいところでは画面上のキャラと一緒に、コントローラを握って身体を捻ったり飛び跳ね、英里の肩にもたれた。
小学生もプレイするような健全なゲームで、英里は幸せな気持ちになった。
わあきゃあ言ってじゃれつきながら、小さな子供のようにふたりは遊んだ。
「あー、残念!」
英里が見たことのなかった先の面まで進んだが、ついに見慣れたコンテニュー画面が現れた。
アクションゲームはやってる間ほかのことができない。友彦は残っていたコーヒーに手を伸ばした。
「はあ、面白かったぁ」
英里がそう言うと、友彦はカップを握ったままニコニコと笑った。
「じゃ、も一回やろ」
「うん!」
英里がそう返事すると、友彦は何だかとても嬉しそうだ。
多分、英里なんかがいない方が、自分のペースで好きなだけ、好きなジャンルのゲームを楽しめるんだろうに。
子供らしい遊びに興じるなんて、何年も、何年もやったことがなかった。無茶無茶楽しい。タバコ臭い暗い店で、連れの気が済むのを待つより、ずっとずっと幸せだ。
友彦と遊ぶのは楽しい。小さな頃も、この従兄と遊ぶのはとても楽しくて、永井家を訪問するのは当時の大きな楽しみだったことを、英里は少しずつ思い出した。訪問の日程を終えて自宅へ帰る日は、がっかりして悲しかったことも。
こんなゲームなら、接触しても、密接してもすべて平気だ。自然にすぐそばの温かな身体に触れられる。友彦の衣服越しの体温が心地よくて、英里はついついその腕にくっついてしまった。友彦も同じように英里とくっついたり離れたりした。友彦は何も気づいていない。
しばらくそうしてふたりで遊んでいると、パチッと居間の灯りが点いた。
「あらら……。なあにあんたたち。いい歳して、犬コロみたい」
居間のドア脇のスイッチを暢恵が押していた。
英里と友彦はびっくりして顔を黙って見合わせた。秋の日はもうとっくに落ちていた。
暢恵は買いもの袋を抱え、ずんずんとふたりの横を通り過ぎる。
友彦は不服そうに口を尖らす。
「犬ってなんだよ」
「子犬がじゃれ合ってるようだって言ったの」
今日の夕食当番は暢恵だ。
「友兄、コーヒー淹れようか」
英里はソファの足下にカバンを置き、配線を引っ張る友彦に声をかけた。
永井家の朝食はパンが多く、飲みものは各自好きなものを淹れて飲む習慣らしい。英里は紅茶やらコーヒーやらの準備を覚えた。
「マジ? サンキュ」
友彦は台所の英里に嬉しそうな笑顔を向けた。
友彦は受験生のくせに、それまでの生活パターンを変えず、帰宅するとまずゲームだ。
好んでプレイするのはシューティングやアクションのような単発で終わるもの。英里がいるときは、操作がシンプルなレトロゲームをよく選ぶ。本当はRPGも好きだそうだが、長時間拘束されるストーリーものはさすがに控えているとのこと。
英里が湯気の立つマグカップを両手に持って居間へ戻ると、TVの画面には古いアクションゲームが映っていた。
英里は友彦の邪魔をしないよう、友彦の手の届くところにカップをひとつ置いた。
「あー、見たことあるコレ」
一時期英里がよく入った「喫茶店」の隅に、一台古いゲーム機が置かれていた。ベットできず、わざわざそうした店にハマりに行くゲーム好きには好まれないが、英里のような連れられて入っただけの、いわば「外道客」が適当に時間を潰せる、安全な台だった。その画面が、居間のTVに映し出されている。
「やったことある?」
「うん。少し」
「じゃ、一緒にやろう。これ、協力プレイが有利なんだ」
「うん」
パズルの要素もある面クリ系のアクションだ。友彦のように上手くはないが、経験のあるゲームだったので、英里にも何とかついていけた。ひとりプレイしかしたことはなかったが、確かにふたりでやると面白い。
下手っぴな英里は、画面のキャラを飛んだり跳ねたりさせるたび、身がすくんでわあきゃあ言ってしまう。友彦はそんな英里のキャラが敵に襲われそうになると、飛んできて敵キャラを倒していく。コントローラを操作する身体が何度もぶつかるうち、相手の身体に、存在に馴れていく。遠慮がなくなり、触れ合うことに抵抗がなくなる。
友彦の身体は温かくて、ゴツゴツしていて、力強い。英里がぶつかっても、寄りかかっても、少しも嫌がる気配がなかった。友彦もきわどいところでは画面上のキャラと一緒に、コントローラを握って身体を捻ったり飛び跳ね、英里の肩にもたれた。
小学生もプレイするような健全なゲームで、英里は幸せな気持ちになった。
わあきゃあ言ってじゃれつきながら、小さな子供のようにふたりは遊んだ。
「あー、残念!」
英里が見たことのなかった先の面まで進んだが、ついに見慣れたコンテニュー画面が現れた。
アクションゲームはやってる間ほかのことができない。友彦は残っていたコーヒーに手を伸ばした。
「はあ、面白かったぁ」
英里がそう言うと、友彦はカップを握ったままニコニコと笑った。
「じゃ、も一回やろ」
「うん!」
英里がそう返事すると、友彦は何だかとても嬉しそうだ。
多分、英里なんかがいない方が、自分のペースで好きなだけ、好きなジャンルのゲームを楽しめるんだろうに。
子供らしい遊びに興じるなんて、何年も、何年もやったことがなかった。無茶無茶楽しい。タバコ臭い暗い店で、連れの気が済むのを待つより、ずっとずっと幸せだ。
友彦と遊ぶのは楽しい。小さな頃も、この従兄と遊ぶのはとても楽しくて、永井家を訪問するのは当時の大きな楽しみだったことを、英里は少しずつ思い出した。訪問の日程を終えて自宅へ帰る日は、がっかりして悲しかったことも。
こんなゲームなら、接触しても、密接してもすべて平気だ。自然にすぐそばの温かな身体に触れられる。友彦の衣服越しの体温が心地よくて、英里はついついその腕にくっついてしまった。友彦も同じように英里とくっついたり離れたりした。友彦は何も気づいていない。
しばらくそうしてふたりで遊んでいると、パチッと居間の灯りが点いた。
「あらら……。なあにあんたたち。いい歳して、犬コロみたい」
居間のドア脇のスイッチを暢恵が押していた。
英里と友彦はびっくりして顔を黙って見合わせた。秋の日はもうとっくに落ちていた。
暢恵は買いもの袋を抱え、ずんずんとふたりの横を通り過ぎる。
友彦は不服そうに口を尖らす。
「犬ってなんだよ」
「子犬がじゃれ合ってるようだって言ったの」
今日の夕食当番は暢恵だ。