9年前 2月⑧

文字数 2,332文字

自宅近くのホームセンターでレジに並んでいた時だった。外でゴーッと言う嵐のような風の音がした。窓がガタガタと鳴り、外にある商品が棚ごと倒れた。そして次の瞬間、店内が一斉に暗くなった。
「停電だ」
店内がざわめき出す中、ヒロの母親は
「あんたたちこのまま並んでいてね」
と言って姿を消した。子ども達はこの異常事態に立ちすくむしかなかった。すぐに母親は戻って来たが、彼女が持つカゴにはいくつかのインスタント食品と電池とカセットガスが入っていた。
間もなく、停電下でのレジの対応が始まった。薄暗い店内で、店員が二人一組で懐中電灯と電卓を使い会計をしている。
「現金おろしたてで良かった」
と母が小さく呟いた。
店員総出(と思われる)とは言え、会計には時間がかかった。その間にも続々と人々が来店し、食品、日用品、防災品を買い漁って行く。店員たちはそちらの対応にも追われ、店内は騒然としていた。ヒロもコウキも雰囲気にのまれ、ただただじっと固まっていた。コウキの体調を心配した母親は、カゴを一つヒロに持たせてコウキをカートの下に座らせた。幸いにもレジに並ぶ列は乱されることなく、粛々と会計が進んでいった。
店を出てすぐ母親はいくつか電話をかけた。
「ダメだ、お父さんもお兄ちゃんも繋がらない…お兄ちゃんは自転車だから帰って来れそうね…お父さんは…あてにしない方が良さそう。さ、君たち車に乗って、家に帰るわよ」
子ども達は神妙な面持ちで車に乗った。

信号も停電しており、周囲に電気の付いている家はない。広範囲に渡って停電しているようだった。しかし意外にも道路は整然としていた。要所要所で有志による交通整備が行われていたのだ。三角コーンなどは吹き飛ばされるため、手旗や誘導棒を用いて、バスターミナルに駐車していたバスの運転手やジムの関係者と思われるジャージ姿の若い男性などが、風に乗って飛んでくる様々に対応しながら懸命に誘導している。そしてそれに従順なドライバーのコンビネーションで混乱は抑えられていた。

ヒロたちが乗る車は速度を落としながらも無事に帰宅できた。まず石油ストーブで部屋を暖め、コウキを休ませる。ヒロと母親の2人で家の内外の異変を確認した。停電と、花壇の植物がいくつか折れていたのと、コンポストの蓋だけがどこかへ飛ばされたのと、裏に置いていた交換用のタイヤがいくつか転がっていたのと、倉庫が少し傾いていたことが確認された。
そうこうしている内に兄が帰ってきた。
「母さん、だめだ、自転車中に入れないと!拭くから雑巾ちょうだい!」
風で髪も服もぐちゃぐちゃになった兄は、帰宅一番そう叫んだ。

幸い、ガスと水道は無事だった。母親と兄が日の出ている内にできることを思いついた順からやっていく。暴風対策、防災グッズの確認、貯水、寝支度、食事の用意…。石油ストーブ置いた大きな鍋に、冷蔵庫の物を片っ端から突っ込んだごった煮カレーができた。
電話もネットも未だ繋がりにくいため、母も兄も自分から連絡することは諦めた。いつ電気が復旧するかわからないし、してもまずは市街からだろうから、郊外にある自宅の復旧は遅れることを覚悟して、できるだけ電力の温存に努めた。
時折ラジオをつけたが、電池の消費が早いので少しずつしか使えなかった。ラジオから流れる被害状況も情報が錯綜していてはっきりとしたことはわからなかったが、実家のある島の様子も聞こえてきた。
「母さん、島、ちょっとヤバいかも。じいちゃんたち大丈夫かな」
「避難勧告出てるから、家にはいないと思うけど…明日は連絡してみよう」
断片的な情報を聞くたび、母と兄は心配になった。

一方で、ヒロたちはのんきなものだった。ホームセンターでこそ雰囲気にのまれてしまったが、家に着いてしまえばリラックス状態になったし、停電という異常事態もお泊まり会という一大イベントのアクセント程度にしか感じていなかった。キャッキャしながらカレーの具材を小さくする手伝いをしたり、網でパンをトーストしたり、夕食は具材たっぷりカレーというこどもたちには豪華な食事だったり…。屋内でキャンプをしている様な行楽気分だった。

夕食中、母親が明日の予定を発表した。
「連絡が取れ次第だけど、まずコウキくんを港まで送ります。その為に、明日の朝、車の給油に行きます。念のためお父さんの車も給油したいから、お兄ちゃんも、運転、よろしくね」
「えぇ、俺、免許取り立てなんだけど…」
「免許あるんだらいいじゃない。若葉マーク付けまくって行けばいいわよ」
「うぇ~、まぁ、でも、仕方ないよな…」
「混むかもしれないから、朝6時には出るわよ」
「え、早くない?」
「早く寝るから行けるわよ。あなたたちも、食べたら歯を磨いてお布団に入ってね。どんどん寒くなるし」
「はーい!」
こどもたちは元気よく返事をした。

18時を過ぎるとすっかり暗くなった。こども達はヒロのベッドで寝た。いつもは常夜灯を付けて眠るヒロは、真っ暗な部屋でなかなか寝付けなかった。そして外では常に風が鳴っている。家もかすかに揺れている感じがした。
「風、すごいね」
コウキがヒロに話しかけた。
「うん、すごい音。俺、こんなの聞いたことない」
「風の又三郎みたいだ」
「何、それ?」
「お話だよ。ちょっとむずかしいんだけど、お父さんが好きで、時々話してくれるんだ。又三郎は、風をあやつるんだよ」
「へー」
「風はこうやって鳴るんだよ。どっどどどどう、どっどどどどうって」
「どっどどどどー?」
ヒロはツボにはまってケタケタと笑い出した。コウキもつられて笑った。
それからはどんなに強い風が吹いても怖くなかった。たくさん笑ったので体温があがり、お互いの体温で布団は温まり、こども達はいつの間にか眠ってしまった。
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