9年前 2月③

文字数 788文字

どれ程時間が経っただろうか。
足を踏み外したコウキは、崖下まで落ち小川の淵まで転がっていた。全身打撲傷や擦過傷だらけで、特に頭の傷は深くどんどん血が流れ出た。小枝か何かが刺さったのか、目も開かない。
それなのに不思議と痛いだとか、寒いだとかは感じなかった。わずかだが意識を取り戻したが、身体は少しも動かせなかった。

─僕、しぬのかな
─もう一回、ヒロに会いたかったな
─約束、守りたかった





─……………
─しにたく、ない
─誰か、誰か助けて
─お願い、神様

その瞬間、コウキは淡い光に包まれた。

“生きたいか”
頭に自分のじゃない声が響いた。
(たすけて)
“ただではできぬ。私は今はもう忘れられた存在。かつてのような力はもうないのだ”
(どうしたらいいの)
“我が欲するのは器と信仰だ。器が壊された今、このままでは消滅する”
(うつわがあれば、助けてくれるの。うつわって、いれ物のことでしょ?)
“信仰もだ。我を常に想わなくてはならない”
(いいよ。僕のからだ、貸してあげる。僕が、毎日お祈りしてあげる)
(だから、助けて)
“お前の望みは、生きることか”
(ううん、違うよ)
“では何ぞ”
(ぼくの望みは、ヒロとの約束を叶えることだ。それができるなら、僕のからだ、使っていいよ)
“承知した”
コウキを包む光が強まり、頭から流れる血が止まった。
“…………“
“だが、足りん。我の器としては、脆すぎる”
そして光は川に乗って流れて行った。
(………)
コウキは完全に意識を失った。



海に投げ出されたイノリは、荒波に揉まれ、上も下も右も左もわからなくなっていた。海に落ちた衝撃で、一瞬気絶したようだ。意識が朦朧としていると、頭の中で声がした。
“─最後はお前たちだ”
“生きたいか”
(助けてくれるの?)
“できるが、お前たちも何か我に差し出さなくてはならない”
(いいよ、なんでも。だから、助けて)
“承知した”
(…………)
イノリは再び気を失った。
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