9年前 2月⑩

文字数 1,331文字

翌朝、ヒロとコウキは眩しくて目が覚めた。電気が戻り、つけっぱなしだった室内灯も光り出したからだ。時刻はまだ、3時を過ぎたばかりだった。
「おはよう。すぐに支度してくれる?もう一度給油に行くよ。ハムチーズのホットサンド作ったから、車で食べて」
母親はあまり眠っていないようだった。

昨日よりかなり早く家を出たからか、今日は交差点を右折して停車することができた。兄がスタンドまで走って確認すると、販売開始まで約1時間半ということだった。
「今の内にトイレ行くか」
男3人連れだって、通り沿いのコンビニに入った。物流が滞っているのか、おにぎりやパンと言った惣菜は殆どなかった。
「お、アイス半額だって」
店内を物色していた兄が思わず口にした。停電で一度少し溶けたカップアイスが安く売られている。
「食べたい!」
昨日のおやつでアイス欲が高まっていたヒロは聞き逃さなかった。
「車の中、寒いぞ?」
「だいじょーぶ!な、コウキも食べよう?」
「う、うーん」
食べたいが、友達のお兄さんに買ってとは言えなかった。
「じゃ、買うか」
「やったー!」
「あ、ありがとうございます!」
店員は目に隈ができて疲弊しているのは明らかだった。それでも接客は快活で丁寧で、兄は去り際一礼で敬意を示して店を出た。

車に戻り、寒い、けどうめーなどと言いながらアイスを食べた。冷えた

サンドも食べ、お腹いっぱいでヒロとコウキがうたた寝している間に給油は終わっていた。
帰宅すると母が出発前に用意していた風呂に入った。2日ぶりの風呂は思った以上に気持ちがよかった。ヒロもコウキも─自覚はなかったが─やはりどこか常に緊張していたようで、風呂あがりは心身ともにほぐされ、2人とも穏やかで柔らかい雰囲気のこどもになった。順に風呂から上がった母親と兄の顔も明るくなっていた。

身支度を整え、午前中の内に母親とヒロとコウキの3人は港に向かって出発した。兄は父親が帰るかもしれないため自宅待機だ。
「コウキ、大丈夫?疲れた?」
コウキは少し元気がなさそうだった。
「う、ん…ちょっとだけ。早く島に帰りたいな」
「船はまだ再開してないんだけど、潮が引いて風は凪いでるから、何とか知り合いの船に乗せてもらえることになったって、お母さん言ってたよ。大丈夫、すぐお父さんやお姉ちゃんにも会えるからね」
母親が励ました。
「あーあ、花火やりたかったなー」
ヒロが悔しそうに呟いた。
「花火?」
コウキは聞き逃さない。
「夏に買って残ってた花火があってさ、ほんとはさー、コウキが泊まるなら、一緒にやりたいなって思ってたんだけど…」
仕方ないって、わかってるけど、そんな言葉で自分の気持ちに蓋はできない。
「また今度やればいいじゃない」
母親が慰めた。
「うん……よし、じゃあさコウキ、次会った時は、花火しよう!なんか、おっきいやつとかも!知ってる?ヘビみたいのも、あるんだってぇ~」
両手をくねくねさせたヒロを見てコウキはクスクスと笑った。
「うん、わかったよヒロ」
「絶対だぞ、約束だからね!」
一瞬─本当に一瞬─コウキの顔が強ばったが、すぐに柔らかく笑って
「うん、約束。きっと守るよ」
そう言って2人はグータッチをして別れた。


その約束が果たされるまでの9年、2人が会うことは一度もなかった。
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