文字数 1,489文字

「あの、時」

「この崖から落ちた時」

「…10年近く経ってる」

「うん。

の他にも色んな力を借りている。本当は、君との約束を果たすまでのつもりだったんだけど」

「やくそく」
約束

「会いに行くって」
ヒロが呼んでくれたから

「じゃあ、9年も前に、約束は果たされてる」

「うん。だけど」

けど

「また約束したでしょ」

「約束」

「必ずまた会おうって。今度こそ、花火しようって」

そんな約束
「した」
忘れてたけど
「約束は、したけど」

俺は10年この島に戻らなかった。
「ずっと待ってた、のか」

を借りて

「さすがに限界は来てたよ、色々と」

「……」

「でもヒロが島に来て、

から、今日まで

んだ。
花火、間に合って良かった」

多分、笑った。やっぱりよく見えないけど。

コウキ
君は
9年前の約束を果たす為に、打上げ花火を用意してずっと待っててくれたのか

「でも本当にもう限界なんだ。血の気は引いてるし目もほとんど見えない。かろうじてって感じだよ」

ヨシマサの唾を飲む音が聞こえる。
花火の音はおろか、木々や生き物の気配が全く感じられないのに、ヨシマサの喉が鳴ったのは、わかった。
「ミユキさんは」
ヨシマサの方が先に口を開いた。
少し間をおいて、返事がきた。
「うん…ごめん、よろしく頼みます」
ヨシマサが小さく頷いた。こんな時に、(残された家族)に考えが及ぶなんて、と刹那に思った。

花火が立て続けに上がる。
時間の感覚はなかったが、フィナーレが近いのか。
何か言わなくてはと思うのに、頭の中はぐちゃぐちゃだ。心臓の音がうるさい、思考の邪魔をする。

俺が、コウキに言うべきこと
君の為に
俺の為か

「…コウ、キ」
声が掠れる
情けない
ちゃんと言え
思ったこと全部、言うんだ

「コーキ、俺、


口にしろ、声に出せ
あの夜月を見ながら言えなかったことを
ちゃんと、伝えろ

「俺、楽しかった」

あぁ
やっと言えた
言ってしまった

コウキは黙ったままだ。一方で自分は、一度口にしてしまったら、堰を切ったように、次から次へと言葉が出た。
「夜明けの太陽が眩しかったとか、朝陽が凍った道路に反射して輝いてきれいだったとか、肉まんが美味かったとか、アイスがジャリジャリなのにすごい美味しかったとか、飽きるまでマンガを読んだこととか…秘密基地で、冒険してるみたいで」
コーキが一緒だったから、全部楽しくて
「あの時のこと、ほんとは、いつ思い出してもキラキラしてるんだ」
封印してしまったけど
「人生最高の、思い出なんだ」




寺に泊まったあの夜、気づいたこと。
君に会えば、あの数日間が、とても楽しかったという

を思い出してしまう。
だけど、その思い出は、いつからか罪悪感を伴うようになっていたから。
俺はそれに耐えられなくて、君ごと遠ざけて、蓋をした。

ああだけど、もういい。本当は、本当はずっと、この思いを君と共有したかった。
誰が何と言おうと、俺たちにとってあの時間は、ドキドキして、ワクワクして、最高の時間だった。

そうだろう?

「コーキ」
「あの時俺たち」
「楽しかったな!!
この気持ちを全力で届けたくて、叫んだ。




花火が終わった。夜空に明るい煙が漂う。
その時、コウキの顔に月明かりが差した。

「ヒロ」
確かに、目が合った。

「うん、僕も、最高に楽しかった」
その瞬間、涙が溢れてコウキの表情がわからなくなった。

花火の煙が風に流されて月を覆う。
コウキは闇に溶けた。

「約束、果たせて良かった。
遊んでくれて、ありがとう」

「あ」
行くな

「コーキ」
いやだ
あの日の気持ちは、俺たちにしかわからないのに
行くなよ

でも、もう

することは叶わない

なら

「…ばいばい、コーキ」






再び月が現れた時、そこには何もいなかった。

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