9年前 2月⑥

文字数 1,698文字

リエが目覚めるとそこは病室のベッドの上だった。
(………?)
「リエ!あぁ、良かった目を覚ました」
母親が目を真っ赤にしてリエの名を何度も呼んだ。
「…お母さん?何?ここ…」
「覚えてないの?あんた、裏山で気絶してて、病院に運ばれたんだよ。丸一日眠ってたんだからね。見つかった時なんて、もう、全身真っ白で血の気がなくて、お母さん、生きた心地がしなかったよ…」
そう言ってまた涙ぐんだ。
段々覚めてきたリエは、大事なことを思い出した。
「コウくんは見つかった?ユキちゃんは?」
リエの母親はハッとして、慎重に言葉を選びながら説明した。
「ミユキちゃんは、熱が高くて、少し脱水状態だったけど点滴打つだけで済んだよ。だから大丈夫。コウキくんは…裏山の崖から落ちたんだよ」
「え?」
「あんたが倒れてた場所の奥の方の地面が抜けててね…とにかく、夕方病院に運ばれたんだ」
(じゃあ、探しに行った時きっと近くにいたんだ)
見つけられなかった悔しさで、目に涙が滲んだ。それを見た母親が慌てて
「でもついさっき目を覚ましたそうだよ。頭を少し切ったようだけど、奇跡的に大きな怪我はないって」
リエはそれを聞いて心から安堵した。
「それよりもあんただよ、全然帰ってこないし、大前さんとこにもいなくて、本当に焦ったんだからね。山の中で倒れてたって聞いた時は驚いたなんてもんじゃなかったんだから」
「…ごめんなさい」
自分は姉弟を探すことに夢中だったので、母親の狼狽(うろた)える姿を見てようやく罪悪感が沸いてきた。
「いいよ、生きてたから」
母はにぃっと笑って見せた。

いよいよ意識がはっきりしてきて、色々思い出されてきた。そして、そもそも大前家に行くことになったきっかけも。
「そういえば、イノリちゃんは?」
昨日の昼、母親の電話から漏れ聞こえたのは、イノリの家族のことではなかったか。
母親の顔が一転強張った。少しの沈黙の後、
「…それはまた後でね。まず看護師さん呼んでくるから、待ってて。寝ててもいいから」
そういってお腹を抱えながら病室を出ていった。
リエは少し身体を起こしてみたが、力が入らない。再びベットに横になると、すぐまた眠ってしまった。




イノリが目を覚ましたのは、それから更に3日程後のことだった。外では腹の底に響くような音で風が吹いていた。
(………………………………)
ぼーっとしながらもゆっくりと頭を動かす。白い枕とシーツとカーテンが目に入った。次に手を動かしてみた。両手がシーツを撫でるのがわかった。次に、足。鈍い痛みが走るが、少しずつなら動かせた。ゆっくりと起き上がり、ベッドに腰掛ける。カーテンに手を伸ばした。外は暗いが、夕方なのか夜明けなのかわからない。それから間もなく空が白み始め、朝日が差し込んだ。その強烈な光を浴びた途端、様々な記憶がイノリの脳内を駆け巡った。
(…そうだ)
(神様が、助けてくれたんだ)
無意識に、水平線に向かって手を組み頭を垂れていた。
(神様、ありがとうございます。約束通り、おれいは何でもあげます)

太陽がすっかり登った頃、病院から連絡を受けたイノリの祖母が病室へ駆け込んだ。ベットで上体を起こして静かにこちらを見つめるイノリを見た祖母の目には涙が溢れた。
「あぁ…っイノリちゃん…」
両手を包み込み何度もさする。
「かわいそうに…こんなになって…あちこち傷だらけで…痛いでしょう」
言われてイノリが改めて自分の身体を見ると、腕や足のあちこちに痣や傷ができていた。
「それにこの頭…本当に…かわいそうに」
そう言って祖母は泣き続ける。
(あたま?)
鏡を見ていないので、よくわからない。とりあえず、手を頭に回してみる。全体的に包帯が巻かれていたが、それでも何となくわかった。
(髪が…)
長く艶やかだった自慢の髪の毛がほとんど失くなっている。数センチ残っているところもあれば、ほぼ地肌が見えるところもあるが、整えたら坊主頭になってしまうだろう。
(これが

なのかな)
その時イノリは、子どもながらに一生坊主になることを覚悟した。
更にそれからすぐ、失われた髪のことなど忘れてしまう衝撃を受けることになった。
「おばあちゃん…パパとママは?」
祖母の顔は更に歪んだ。
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