クロ

文字数 2,620文字

「─結局、視力は戻らなかった?」
“そうですね”
「そうかぁ…クロももしかしたら、て思ったんだけど」
“使いきってしまったんでしょうかね”
「そうなのかもなぁ…」
“私はそれよりもヒロさんとまだ話せるのが嬉しいです”
「んん…まぁ、それは俺もだけど」
“あと、ヒロさんと話せる理由がわかってスッキリしました”
「いや、まぁそれは俺の憶測だけど。因果というか、関係はあったんだろうな、と」
“コウキさんを介して縁があった、ということですね”
「そういうことだと、思う。まぁ、もう確かめる術はないけどね」
“コウキさんは、どういうことになっているんですか?”
「ん…とりあえずは行方不明って扱いになるっぽいけど。なんか、神隠しだって言う人もいるらしい」
“かみかくし、ですか”
「あの夜、花火が終わった途端にさ、広場で突風が吹いたんだって」
“そういえば、珍しい風の音を聞きました”
「それで、神輿が煽られたらしいんだけど、無事だったのに、屋根の飾りが1つだけ、綺麗に取れて無くなってたんだって。探しても欠片すら見つからなくて…それを神秘的に思った人もいたらしくて、コウキのことと結びつけたみたい」
“そういうものですか”
「コウキが崖から落ちた時もさ、同じ様にそう噂した人がいたんだって。奇跡的に軽傷の状態で見つかったし、あの時コウキまだ6歳だったから─“七つまでは神の子”だから─て、神様に連れてかれそうになったんだろうって」
“そういう考えがあるんですね”
「まぁ、確かに今回に限って言えば当たらずとも遠からず、なのか?…ただ、さすがにそんなのが通りはしないだろうから、いずれはコウキの親が何かしらの決着を見せるんだろうけど」
“事情を知らない人たちにしてみれば、おかしな事件ですからね”
「事情、ねぇ…」
“どうかしましたか”
「俺さ、今回コウキがああなったのはさ、悲しいし、寂しいけど、あんまショックではないんだ」
“そうなんですか”
「うん…ていうのも、俺たちの中の誰かが

だって、クロから聞いていたから、あの時も、あぁ、それはコウキだったんだって、受け入れられたところがあって」
“なるほど”
「…俺、自分のこと当事者っていうか、一番事情がわかってるつもりでいたんだよ」
“普通の人間でないってことは私にしかわからなかったですし、それを知ることができたのは私と話せるヒロさんだけですから、そうなのではないですか”
「それが、そうでもなかったというか…」
“というと”
「俺が情けないくらい視野が狭くて想像力がなかったって話なんだけど」
“はぁ”
「スポットライトが当たっているところしか見てなくて、影の方に全然意識を向けてなかったというか。中心にいたつもりが俺の方が蚊帳の外だったっていうか」
“よくわかりません”
「だよね俺も自分で何言ってるかわかんない」
“十分関係者だと思いますけどね”
「まぁ、それはそうなんだけど…」
“思っていたよりも複雑な話だったんですね”
「そう、かな…?とにかく俺が単純で鈍感で、ちゃんと考えてるつもりでほんとは全然足りてなかった…てこと、この3日でめちゃくちゃ思い知らされた。もう、価値観まるごと再構築されるレベル…ショックというか、ハードだったな」
“私の話だけでは不十分だったんですね、なんかすみません”
「いやそんな気にすることじゃないよ、こっちこそごめん」
“ヒロさんも、気にしすぎに見えますけど”
「いや…でもさぁ、やっぱり責任みたいなのは感じるんだよ」
“コウキさんと約束したことですか”
「俺がコウキを呼ばなかったら、再会を望まなければ…自分の望みを口にしなければ、こうはならなかったのかなぁ、とはやっぱり思う」
“黙ってたって思いが伝わることもあるでしょうし、コウキさん自身の強い思いで、どのみちこうなったのかもしれませんよ。口に出して伝えることがどれ程重要なのかはわかりませんが”
「そっか…でも俺は今回のことで初めて言霊って言葉の意味を実感して、その力を信じてしまったよ」
“そういう考えもいいんだと思いますよ”
「クロの方がよっぽど冷静だなぁ」
“まぁ私は関係者と言うよりは傍観者ですから”
「十分関係者だと思うけど」
“目が見えないのはもう生まれつきみたいなものですからね”
「そういうものかな」
“たとえヒロさん達の絆に翻弄されたのだとしても、そのおかげで得たものは大きいですよ。私は今の状況に満足しています。喜んでいると言っていい位です”
「そう、か…」
“そうですよ、今にも躍りだしそうな程ですよ”
「躍…やっぱり化け猫なんじゃないの」
“なんですかやっぱりって”
「………」
“………”
「ん、ふふっ」
“ふっふっ”
「…そろそろ、時間かな」
“そうですか”
「……」
“何ですか?”
「いや…クロ、後悔してない?」
“後悔ですか?”
「俺が、選択肢増やしたせいで悩ませたんじゃないかって…今更だけど」
“悩みはしましたが、辛くはありませんよ”
「ふーん?」
“むしろ、選ばなかった未来を夢見られるようになりました”
「すごいなぁクロは」
“ヒロさんは、少し気にしすぎですよ”
「…そうね、俺の持つ影響力なんて無いようなもんだよね」
“おや、極端な”
「今俺は自分の芯が抜かれたてみたいな…アイデンティティぐらぐらだから」
“成長する時ということですね”
「…達観がすぎるよ」

、ですから”
「ふっ…あぁ本当にもう行かないと」
“はい”
「…また、会えるかなぁ」
“また来ればいいじゃないですか”
「そうなんだけど」
“また会おうね、でいいんですよ”
「……」
“まだ約束するのは怖いですか”
「そう、だね…思っても、伝える勇気は今はないかも」
“ゆっくりで、いいと思いますよ”
─明日には考えが変わったって、それもまたいいと思いますけど
「…ありがとう、クロ」
“さぁ、香織さんが来てしまいますよ”
「うん…あのさぁ」
“はい”
「楽しみ?」
“もちろん、楽しみですよ。ヒロさんのおかげです”
「そっか…俺も、楽しみだ」
“なによりです”
「いつかまたここに来るのも…君となら、大丈夫な気がするよ。さ、行こう」
“はい”

何という巡り合わせだったのでしょう
巻き込まれたと言われたこの運命が、私はとても好きなのですよ
これから
これから、変わっていくあなたを知る喜びを、あなたと共に、変わっていける喜びを、得られるのだから、こんなにいいことはないのです
本当に、楽しみでならないのですよ、ヒロさん
私の運命、
どうか、我々に、よき未来を



─ターミナル前広場内ベンチにて─
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