文字数 2,108文字

クロが食べ終わるのを待ち、改めて話を聞くことにした。
(えーっと…どこから聞くべきか…)
聞きたいことはいくらでもあったが、一番気になっていることを尋ねることにした。
「君がなぜ話せるかは置いといて、まず昨日言ってた誰かが死んでるってやつについて聞きたいんだけど」
“そうですね…”
なかなか次の言葉が続かない。しきりにしっぽの先を上げ下げしている様子が、思索しているように見える。
暫く後、ややあって、話し始めた。
“私は生まれつき目が見えません。だけど、生きている物だけは

んです。”
「…空気の揺れで動きがわかる、とか、そういうこと?」
“いえ…はっきり見えていた訳ではないし…こういう表現が合っているのかわかりませんが…目の前に、生きている物の形が浮かびあがってくるんです。動くと形が変わるのでわかります”
「?」
よくわからない、思わず首をかしげた。
その後問答を繰り返して、ようやくクロの言わんとすることがわかってきた。
つまり、普段暗闇の視界に、生きている物は光るシルエットとして見えるということらしい。生まれつき目が見えないためか、暗い、や光るという表現をクロが使うことはなかったが、話を聞く限りそのようなイメージでよいようだった。
「君の体質?はわかったけど、それがどうして俺たちの誰かが死んでるって話になるのさ。幽霊も光るのか?」
“逆ですよ”
「逆?」
“昨日、あなた方の中に、見えない人がいたんです”
(!)
「……つまり、昨日話す声は6人分聞こえたけど、光の影は5つしかなかったってこと?」
“その通りです”
「─そんな」
俄には信じがたかった。大体、会って間もない得体の知れない猫の言うことより、10年前の幼馴染みと実際に会って言葉を交わしたという事実の方が、遥かに確かに感じられた。…まあ、そうは言っても彼らの見た目も大きく変わったし、今その得体の知れない猫と会話している自分の気が確かなのか微妙なところではあるのだが。
「あ、でもみんなバラバラに現れたんだから、順番でわかるんじゃない?」
“それがですね…”
クロは俯いて答える。
“私が皆さんに目を向けたのは車が来る直前なんです。それまではあの美味しいやつしか見てなくて”
「…それってつまり」
“ええ、あれをくれたヒロさんの姿しか、確認できてないんです”
(だから自分に付いてきたのか)
「あ、でも一斉に見たなら、身長とか大きさでわかるんじゃないか?」
“皆さんが同じ所に同じ様にいてくれるならわかったでしょうが…それに昔は細かくそれぞれの形が見えてましたが、年のせいか、だんだん形が曖昧になってきて、昨日はもうどれもぼんやりとした塊にしか見えなかったです”
確かにヨシマサは自転車に腰かけていたし、距離感もバラバラなあのシーンでは、一見では判断できなかっただろう。
「…あ、でもイノリやヨシマサは君に話しかけていただろ、知り合いなら対象外じゃない?」
“あの2人もいつもは見えてましたがね、だからといってあの時も

だったとは限りません”
「う…」
誰だっていつ死んでもおかしくないという、毎日世界中で誰かが言っているような当たり前の事実を、こんなにリアルに感じたのは初めてで、心臓が重く跳ねる。
“あぁでも、イノリさんは普段から少し浮かび方ー光り方と言った方がいいでしょうかーが違いましたね。でもまぁ、そういう人は他にもいますし”
クロしか持っていない感覚について、異議を唱えるつもりはない。とにかく、その“見え方”が霊かどうかの決定打ではないようだ。
「あ、じゃあこれからみんなに会いに行けばわかるじゃない」
(それはそれで怖いけど)
“それがですね”
「ん?」
“今はもう見えなくなってしまったんです”
「はぁ!?」
(今までのやりとりの意味…)
“あの後本当に何も見えなくなってしまったんです。私も年ですし、もう死ぬのかなと思ったんですが…今度は代わりにこうして話せるようになりました”
(猫又に進化かよ)
思わず尻尾が割れていないか確認する。クロは構わず続け、
“だけど、話せる相手もあなただけみたいです”
「え?」
“昨夜庭から話しかけてみたんですが、応えた女性の反応は普通の猫に対する態度と同じでした”
「え、香織さんにそんなことしてたの!?」
“近くにいた人間が彼女だけでしたから…”
「……」
驚いたが彼女を巻き込まずに済んだという安堵が勝つ。
(えーっと、色々ありすぎて訳がわからなくなってきたぞ…)
考える時間が欲しいと思ったが、時間をかけたところで、答えが出ることでもないように思えた。
(まずはシンプルに、考えよう)
「クロはその幽霊が誰か気になるんだよね?」
“はい。私が全く見えなくなったことにも関係しているかもしれませんし”
「─よし。じゃあ俺も一緒に調べるよ」
猫が話すと言う事態はー到底理解はできないがー受け入れる、というか受け入れざるを得ない。
(もし仮に今までの異常現象が俺の幻覚なら自分が頭おかしいってことで済む。それならそれでいい(よくはないけど)。それよりも、クロの言うことが本当だとして)
幼馴染みたちに何が起きているのかの方が気になった。
「とりあえず、できることをやってみよう」
(考えるのはそれからだ)
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