文字数 1,196文字

結局香織に迎えに来てもらい、自転車を置いた場所まで送ってもらった。
忙しい従姉に迷惑をかけたお詫びに夕飯はヒロだけで作ることにした。といっても、リエの母親からの差入れがほとんどだが。
クロには味噌汁で使った出がらしの煮干しと、味噌汁の具の豆腐を加えた鶏挽肉でハンバーグを作った。

夕食後、一応持ってきた宿題に手をつけてみたが、全く捗らなかった。いつもと違う場所に、日常的な作業が全く馴染まず、集中できない。早々に諦め、畳に倒れる。
ふと今日のあれこれが思い浮かんだ。懐かしさと共にこどもの頃には気づけなかった新しい発見もあった。
既知と未知が混在する、安全地帯での冒険は心地良いものだった。
(幽霊探しは進展なかったけど…)
そんなことを考えている内に、そのまま眠ってしまった。


“…さん、ヒロさん”
夜中にクロが呼ぶ声で目が覚めた。
「ーん、なに」
“何か変です”
「…?」
“こっちです”
畳の上で凝り固まった身体をぎこちなく動かしながら、クロに付いて外に出た。
「何が変なのさ」
夜道を歩きながらクロに尋ねた。
“ずっと、変な音がするんです”
「音?」
“微かに、ですけど。目が見えなくなってから、耳が良くなったかもしれません”
10分程歩いて、総合病院の裏に出た。病院の裏は山で、中腹にある寺まで長い階段が続いている。
「……え、登るの?」
“こっちですよ”
クロが鼻先で指し示したのは、展望台の方だった。階段を少し登ったところで、展望台に続く道が分岐している。天気が良ければ本土も望めるスポットだ。目を凝らして見てみる。
「あ」
何か、いた。
「ー女?」
おそらく人で、女性だと感じた。白いワンピースか何かを着ている様に見えるし、長い髪が微かに影を作っている様に見えたが、木陰かもしれない。服が月明かりを僅かに反射するだけで、白い塊が立って?いる程度にしか判別できなかった。
「え、音って、あそこから?」
“だと思うのですが…”
その瞬間、強い風が吹いた。ヒロの足元の砂が舞う。目を覆っている間に、謎の女性は見えなくなっていた。
(消えた…?)
しばらく立ちすくんでいたが、クロを抱え、展望台へ向かった。展望台へ行くにはこの階段しかないため、行き違う可能性はない。不思議と落ち着いて歩を進めていた。だが、展望台には無人だった。
「…誰もいない」
辺りを見渡したが、暗くて何も見えない。
「クロは、何か感じる?」
“いえ何も”
「さっき言ってた音は?」
“それももう聞こえません”
「音ってどんなのだったの?」
“そうですね…波の様な、水の流れるような…あぁ、今日行ったお寺からよく聞こえる音にも似てました”
(…それって)
「ー読経?」
急に我に返ったように動悸がしてきた。
「か、帰ろう」
足元に気をつけて、冷静であろうと努めながら、全速力で階段を降りる。
(~~~~~~っ)
言葉も出せず、ただひたすらに帰路を走る。
クロと話したあの夜以来、初めて恐怖心が好奇心を上回った。
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