１０年前　７月

「よーし、みんな、お金持ってきたか？」
駄菓子屋の前に、ヒロ、リエ、イノリ、ミユキ、コウキ、ヨシマサが集まっていた。
「うん、ここなら100円あれば買えるって母ちゃんが」
ヨシマサが握りしめていた硬貨を見せる。
他のこどもたちも同様だ。
ヒロがうんうんと頷いた後、瞳(め)を輝かせながら言った。
「あのさぁ、今日のアイスはさぁ、1人ずつじゃなくて、みんなで買わない！？」
「え？」
「どういうこと？」
リエとイノリが聞く。ミユキとコウキは顔を見合せて首を傾げ、ヨシマサはポカンとしている。
「ほら、あれだよあれ！」
ヒロが指差したのは、いつからなのか冷凍庫の片隅にずっとある、大容量アイスだった。
「えー、あんなおっきいの、絶対、たかいよ、買えないよ」
リエが反対した。
「みんなでお金出したら買えるってきっと」
ヒロが負けじと言う。
「だいたい、どうやって食べるのさ」
もっともなリエの質問に、ヒロはニヤリと笑って答える。
「じゃーんっ」
リュックから取り出したのは、大きなスプーンが1つと、小さなスプーンが人数分だった。
「フタを皿にして、このおっきいスプーンで分けっこしたら、みんなで食べられる！」
「え、うーん」
そう言われると、リエもできそうな気がしてきた。
「え、あれ食べていいの！？」
ヨシマサが目を輝かせる。
「まだわかんないよ！」
リエが食い下がる。
「ねーねー、これ、バニラとチョコがあるみたい」
ヨシマサと一緒に冷凍庫を覗いていたイノリが気づいた。
「そりゃチョコに決まってんだろ」
「え！ふつうバニラだよ」
またもヒロとリエの意見が対立した。
「なんだよふつーって。チョコうまいじゃん」
「バニラにはほーよーりょくがあるの！チョコはちょっと苦いし」
「え～苦い訳ないじゃん、リエおかしいんじゃない」
「はぁ！？」
終わりそうにない争いにイノリとヨシマサが途方にくれていると
「ねえねえ」
店に入っていたミユキとコウキが出てきた。
「あのね、あのおっきいアイス買えるって」
ミユキが聞いてきたようだ。
「あとね、みんなで買えばおつりが出るんだって。だから、それで他のおやつも買おうよ」
ミユキがヒロに向かって続ける。
「ねぇヒロ、リングチョコ買おうよ。そんで、アイスはバニラにしよ？」
「わぁ、すごーい！」
それを聞いてイノリがピョンピョン跳ねる。それに合わせてポニーテールが柔らかく揺れた。
「ごーかだね、ねっ、ねっ」
イノリの笑顔に気圧されながら、ヒロが頷く。
「それなら、いいけど」
「決まりね」
ミユキがにっこり笑った。
「ねぇユキちゃん」
「なぁに、コウちゃん」
「あのおせんべいも買える？」
「えーっとね…うん、大丈夫、買えるよ」
アイスの他にお気に入りの菓子まで買えると聞いたコウキは満面の笑顔になった。
「ねぇ早く買おうよー」
ヨシマサが急かした。
「よっし、おばーちゃん、くださーい！」
こどもたちは店の中に駆け込んだ。

駄菓子屋の店主が、気を利かせて茶の間を貸してくれた。頭を寄せ合い、全員が巨大なアイスに注目する。
「じゃ、あけるぞ。せーっの」
ヒロが力を込めてフタを開けた。
『わぁ…っ』
クリーム色のバニラアイスが、今まで見たこともない広さで箱いっぱいに入っていた。
『いただきます！』
我先にとスプーンを伸ばす。
「あ、コーキなにそれすげー！」
コウキがミルクせんべいにアイスを乗せているところを見たヒロが騒ぐ。
「俺もやる！で、チョコもかける！」
「そうだ、マサちゃん、おせんべいでアイスはさんだらこぼさないで食べられるんじゃない？作ってあげるね」
「イノリちゃん、ありがとう！」
「ヒロ、おせんべい取りすぎ！仲良くだよ！」
「リエちゃん、あと1つなら買えるよ～」
「え！じゃあコーキ、買いに行こう！ミユキ、お金ちょうだい」
「はい、どーぞ」
ヒロとコウキが駆け出した。
「イノリちゃん、すごいね、今日のおやつ。アイスがキラキラだ」
「ふふ、そうだね～すぺしゃるだね」
「すぺしゃる！」
イノリとヨシマサは笑い合いながらアイスを頬張った。
「リエちゃんも、うるさい人たちがいない内にゆっくり食べちゃお」
ミユキがウインクする。
「そうだね…んん～おいしい！」
リエも幸せいっぱいの顔だ。
ミユキもスプーンを口に運んで、微笑んだ。

こうしてアイスパーティーは大いに盛り上がった。みんな、夜ごはんが入らない位おなかいっぱいになった。
それぞれが家族に満腹の理由を説明すると、ヨシマサは驚かれ、リエは怒られ、イノリは笑われ、ミユキとコウキは窘められ、ヒロは呆れられた。
だけど、全員大満足だった。



その3日後、ヒロたち家族は島から引っ越して行った。