5日③

文字数 1,064文字

結局、あの後、すぐに就寝となってしまった。
夜中に目が覚めてトイレに行き、戻るとコウキが縁側に座っていた。
「見て、月すごいよ。もうすぐ満月だ」
「ほんとだ」
隣に座り、しばらくの間煌々と輝く月を共に眺めた。

沈黙を破ったのはコウキの方だった。
「…なんか、饅頭食べたくなっちゃったな」
「えぇ。夜ご飯結構食べてたよね」
「模試で頭使ったから、糖分が足りてないんだよ」
「…俺は饅頭だったら肉まんのがいいなぁ」
「肉まん」
呟く様に反復した後、コウキが尋ねた。
「あのさ、覚えてる?あの朝車で食べた肉まん」
(あの朝…車…)
「あぁ、あの

肉まん」
「そう、それ!僕を島に帰すために港まで車で行くことになってさ、夜明けにガソリンスタンドに並んだ時にヒロの母さんが用意してくれた肉まん。僕未だにあれを越える肉まん食べたことない」
「いっつもレンチンでしか温めない母親がさ、停電だからカセットコンロ使ってちゃんと蒸かしたやつね」
「ヒロの母さんさ、『いつもよりふかふかにできちゃったわ』て何故かちょっと残念そうな言い方してたんだよね」
「まじ?謎なんだけど、ウケる。…でも確かにあの肉まんはうまかったな。ガソリン節約の為だって止まるたんびにエンジン切るから車の中めっちゃ寒くてさ、そこで肉まんを半分こにすると湯気が一気に立ってさぁ」
「しかも皮はふわふわだし中身はジューシーで、噛むと口いっぱいに肉汁が広がって…」
ぐぅとヒロの腹がなり、思わず2人とも吹き出した。
すぐに広間でヨシマサ達が眠っていることを思いだし慌てて声を抑えるがそれでもくつくつと笑いが止まらない。

話しているとどんどん当時のことが思い出されてきた。
免許取り立ての兄が運転に駆り出され、夜明けの凍った道路を青い顔しながら運転していたこと。
大量のマンガを持込み、朝日をライトに何時間も読んだこと。
給油量に制限があって、結局翌日も並んだこと。
停電の影響でコンビニで半額になっていた高級アイスを寒い寒いと笑いながら食べたこと…。

「秘密基地みたいだったな」コウキが目を細めて言う。
(あぁ、そうだ)
「あれは、本当に」
続けようとして言葉に詰まった。
同時に、どうしてこの島に来なかったのか、コウキと疎遠になった、いや

のか、気づいてしまった。
「ヒロ?」
急に黙ってしまったヒロの顔をコウキが心配そうに覗き込む。
「あ、ごめん。えっと、俺、もっかいトイレ行きたいかも」
「…そっか、じゃあ僕は先に寝るよ。おやすみ」
「…おやすみ」
コウキが何を思ったかはわからないが、その気遣いに申し訳なさを感じながら逃げるように別れた。
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