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文字数 1,055文字

改札を出て歩く。
駅のホームからカラオケ店の看板が見えたからすぐに着くだろう。
(れん)はにわかに緊張してきた。クラスメイトから放課後に誘われた、という事実のインパクトが強すぎて失念していたが、そういえばカラオケなんて来たことがない。

見ると街に慣れている武本(たけもと)烏山(からすやま)も胸が躍るのだろうか、何だかソワソワしているようだった。
絶妙に鈍い(れん)には気付けないことではあるが、二人の様子はカラオケに来た女子高生にしては異様だった。青ざめてこそいないが、後ろめたさと怯えで表情がこわばっている。

*

入店した武本(たけもと)は受付の前にスマホを取り出して確認し、
梶原(かじわら)、で先に入ってます。」
とカウンターにいた中年の男性に声を掛けた。
「はい、14番ルームね、3名様追加、と。先の子たちがドリンクバーだからそれんなっちゃうけどいいかな。」
カウンターのおじさんは見かけによらず甲高い声で答えた。
「はい。大丈夫です。」
(れん)武本(たけもと)烏山(からすやま)の後に続いて14番ルームに向かいフロアを歩いた。
てっきり3人なのかと思ったら自分達よりも先に入って歌っているクラスメイトがいるらしい。(れん)にしてみれば、この機会に大勢のクラスメイトと親睦を深められるのはお得である。

ここを曲がって左らしい。
が、ここで武本(たけもと)が足を止め振り返った。
江草(えぐさ)さん。先に謝らせて。」
「ひあの…」
烏山(からすやま)も驚いて振り返る。
そして彼女の栗色のポニーテールが勢いよく下げられた。
「ごめんなさい!」
「え?何?」
もちろん(れん)はたいそう面食らった。
「事情は後で説明します。」
「私もごめんなさい!これ、言い出したの私なの…」
烏山(からすやま)まで頭を下げた。

「うん…、一個も分かんないけど、大丈夫だよ。」

だから(れん)は思ったままを口にした。
何か事情があるのだろうけど、それは今は分からない。分からないから判断しようがないし責めようがないし許しようがない。
謝罪の意味を聞いてみたいが、問い質されたくないから、先に謝罪なのだ。事情を説明するのではなく、謝罪をした意味を(れん)はそう解釈した。
このあたりが江草(えぐさ)(れん)の”鈍い”ではなく”絶妙に鈍い”という所以(ゆえん)である。
局所的に、あるいは限定的に、または突発的に、とんでもなく深い洞察力を見せたり、誰もが見落としそうな繊細な人の機微に気付いてしまったりするのだ。

「ありがとう。」
武本(たけもと)は言った。
そして三人は並んでフロアの角を曲がり、武本(たけもと)が14番ルームのドアノブに手を掛け、ドアを開けた。


「やっと来たか、てかおせーわ!」

クラスメイトじゃなかった。
杏仲(あんなか)高校の生徒でもなかった。
他校の制服の女子が8人、口々に武本(たけもと)を罵った。
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