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私は大声で校歌を熱唱した。
そして踊った。
自分一人があの謎の光の制御を逃れ、タンバラーになっていないことを隠さなければならない。どこかでこの体育館の様子を俯瞰している黒幕がいるかもしれないのだ。
「いやっほーーーい!」
他の皆にならって奇声を発してみた。
他の皆にならって(よだれ)を垂らしてみた。
他の皆にならって目を見開き、バネ仕掛けの安玩具(やすがんぐ)みたいに跳ねてみた。
他の皆にならって服がはだけるのも(いと)わず髪を振り乱してみたりもした。

大学時代、友人に誘われ、新宿のクラブに行ったことがあった。店内は真っ暗だったがブラックライトが客の輪郭を反射(はな)ち、闇の中を泳ぐイルカの群れのようにも見えた。フロア中が薬物の悪臭に(けむ)り、やはり皆踊り狂い、物陰やソファでは男同士で抱き合い接吻し、中には視界に入れることさえ(はばか)られるような状態の者達もいた。そう、私はあの日初めて、何にも、何者にも嘘のない本当の"高揚(たかぶり)"を知ったのだ。
「ひゃっほっほいのほーーーい!」
私は再び叫んだ!

――は!いけない。

過去の記憶に溺れ、この状況を楽しみ、受け入れ始めていた…。これじゃタンバラーと何も変わらない。
一緒に踊っている場合じゃない。
今私には優先してやらなければならないことがある。
即ち、古沢(ふるさわ)君を探すことだ。
彼は一回光の制御から逃れている。今回もタンバラーにはならずに無事でいるかもしれない。最悪タンバラーになっていたとしても、何か正気(もと)に戻す方法があるかもしれない。どうにか見つけ出してコンタクトをとらなければならない。
私は踊りながら体育館中をくまなく探した。生徒たちをくぐり、()け、一周した。
そして二周した。
――どこにもいない?
そう思った時に私は見つけた!
?!あんなとこに!」
私はつい声に出して驚いてしまった。それを誤魔化すために、
「んぬをっほほほーーーいでほおおおい!」
一際(ひときわ)の奇声をあげた。
古沢(ふるさわ)君は吹奏楽部の近くにいた。演奏している部員達の後ろ。
踊っていない!タンバラーになっていないかもしれない!いや、それで言えば吹奏楽部員も踊ってはいない。ただ一心不乱に演奏している。
でも私には、彼が何等かの方法でタンバラーにならずに正気でいる、という確信があった。
見ると、古沢(ふるさわ)君はタンバリンを演奏している江草(えぐさ)さんの後ろに立ち、彼女をしげしげと観察しているようだった。
そして意を決したようにひとつ頷くと、後ろから彼女の胸を掴んだ!

「な!何してるの古沢(ふるさわ)君っ!!!」







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