文字数 1,184文字

私は第二音楽室の防音ドアを開けた。そしてその室内の臭気(しゅうき)に顔が強張った。
――火薬の匂い…
そこには手足を椅子に縛られ転がされた古沢(ふるさわ)君と銃を手にした吹奏楽部顧問の玉木(たまき)先生がいた。
古沢(ふるさわ)!!!」
私は彼に駆け寄った。分かってる…それはとても危険なこと。下手に動いて銃を持った玉木(たまき)先生に撃たれるかもしれない。でもそんなの関係ない。
古沢(ふるさわ)君!古沢(ふるさわ)君!」
私は紙屑まみれの彼を椅子ごと抱き起こし彼の名を呼んだ。その時、ボコボコに殴る蹴るの暴行を受けた痕跡にも気付いた。
古沢(ふるさわ)君…ひどい怪我…。」
「彼は…知り過ぎた。」
静かに、冷え切った声で言う玉木(たまき)先生を私は睨み上げた。
――許さない。
そうだ。絶対許さない、許してはいけない。この状況から鑑みてこの男が黒幕か、そうでなくてもこのタンバラーの一件の重要な存在であることは自明である。
――許さない。
骨の(ズイ)まで、細胞の一つ一つまでしみこませるように私は心の中で何度も何度も呟いた。
そのとき…
「…飛田(とびた)先生…」
今まで気を失っていたのか、目を閉じていた古沢(ふるさわ)君が声を発した。
「先生…も、もっと強く…抱き締めてください…出来れば…胸が当たる角度で…」
古沢(ふるさわ)!!!良かった…いつも通りね!」
私は適度に古沢(ふるさわ)君の頭部に押し付けていた胸を撫でおろした。
「…飛田(とびた)先生…逃げてください、アイツ…銃を持ってる…」
視線の方向で玉木(たまき)先生を示し古沢(ふるさわ)君は言った。
「ええ…でもあれ、パーティー用の銃型のクラッカーよ?」
そう、花火みたいな火薬の匂いと彼がカラフルな紙屑まみれになっていることからそれはすぐに分かった。
でも、それをこれ以上突っ込んではいけない気もした。それはとても野暮(やぼ)な行為で、古沢(ふるさわ)君と玉木(たまき)先生の、ある種の友情みたいな絆に水を差してしまう気がした。
敵対しているのに何かのきっかけで妙に共感してしまう、ということがあるのは分からなくもない。
「…せ、先生…逃げてください、アイツ、銃を持ってますから…」
スルーされてる…。やはりそうか、本物の銃という設定で進めるべきなのだ。
「撃つなら私を撃ちなさい!!!」
乗っかるしかない。私は古沢(ふるさわ)君を(かば)うように玉木(たまき)先生、いや玉木(たまき)に背を向け鋭い眼差しで見上げた。
私の腕の中で古沢(ふるさわ)君がもっと強く、もっと強く下さい、などと言っているような気がしたが今はそれどころでない。
「ぬふふふ…泣かせますねぇ。美しき師弟愛とでも言うのかな…。」
下卑(げび)た笑いを口元に浮かべ、玉木(たまき)は銃口を私に向ける。
「そんなに死にたいなら…」
駄目だ…撃たれる。私も紙屑まみれに…いや、死んでしまうつもりで対応しなきゃ…私は古沢(ふるさわ)君を守ろうと、彼の身体をきつく抱いた。
私の腕の中で古沢(ふるさわ)君が、もっと眩暈(めまい)を、もっと胸騒(むなさわ)ぎを、などと理解し難いことを言っているような気がしたが今はそれどころでない。

飛田(とびた)先生、あなたから先に死んでください。」

第二音楽室にパン!という乾いた轟音が響いた。


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