文字数 1,007文字

県立杏仲(あんなか)高等学校は、群馬県の山奥の、全校生徒が200名程の小さな高校である。

近年の周辺地域の過疎化(かそか)に伴い、来年度から近隣他校との合併が決まっており、今年度をもって新生徒募集を打ち切っている。
やがて閉校となる運命ではあるとはいえ、生徒達はごく普通の学校生活を送っているのである。

2年B組。
正直、江草(えぐさ)(れん)は浮いた存在である。
暗すぎる訳でもなく、度を越して明るすぎて周りがついていけない訳でもない。
成績も悪くなく、運動も出来ない方でもない。
容姿も悪くない、いやむしろ良い、と評する人もたまにいるくらいだ。
だが、江草(えぐさ)(れん)はクラスの中で、いや学年…いや校内で、揺るがぬ圧倒的不人気No,1(ナンバーワン)を誇っている。

特筆すべき重大な欠陥が無い(?)にも関わらず、これだけ人を遠ざける空気を纏っているのには明確な理由が二つある。

一つめは、彼女の家柄(いえがら)である。
もともと江草(えぐさ)家は地元の名士の家系であり、江戸時代の藩主に端を発する名家でもあった。親類に市議やどこそこの理事長などが多数いる彼女は、生徒たちにも教師たちにも、地雷みたいに扱われていた。
今更家柄なんて、と思う向きもあるが、都市部から遠く離れた山村地域ではまだまだ”どこの家の者か”は大変重要なのである。

二つめは、彼女がレスリング部であった、ということである。既に現役最後の大会を終え、部は引退しているが、この夏は県大会で優勝し、全国高等学校総合体育大会、いわゆるインターハイにも出場した。
江草(えぐさ)家の家訓のひとつに『獣身を成し 人心を養う』というのがある。
平たく言えば、兎に角まず健康で丈夫で強い体を作ろう!という、かの福沢諭吉の名言を拝借したものであろうが、まだ幼く可憐な少女であった(れん)もこの家風から逃れることが出来なかった。

母方の祖父が道場を開いていたとかで、6歳から柔道を始めて、10歳でレスリングに転向し、17歳になった今、男女問わず取っ組み合いで勝てる者はいない、と言われており、また、校内で破損しているものはみな(れん)の仕業、ということになっていたし、握手をすると骨折し、肩が触れると脱臼し、口答えすると自宅が黒塗りの車数台に囲まれ、警察にチクると身内が行方不明になる、と言われていた。

どれもこれも事実無根の酷い噂話だが、みんな怖がって、誰も(れん)と積極的に接しようとしなかった。

だから、その放課後、彼女は心から驚いた。
「…あの、え、江草(えぐさ)さん…放課後ってさ…時間ある?」
と誘われたときには。



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