文字数 531文字

()(ぐさ) (れん)は自転車を止めた。
通学路でここが一番見晴らしがいい。
なのに彼女は目を閉じた。

それでも分かる。
風の匂いの中に、木々の枝葉のさざめきの一節(ひとふし)に、深まりゆく秋が溢れている。
そのまま彼女は両手を広げ、季節を丸呑みするような大きな深呼吸を一つしてから、その眼差しを開き晴天を仰ぎ見た。
空は明るいが午前8時を過ぎても太陽はまだ見当たらない。

ここ爪恋(つまごい)は群馬県の山村である。
四方を高い山々に囲まれているので日照時間は平地部よりも短く、10月ともなれば朝晩は冷えるし、自転車通学には厚めの上着が必須である。

彼女は再び自転車のペダルに足をかける。
そうして同年代の他の女子よりもほんの少し、本当にほんの少しだけやや太い足に力を込めると、大人や上級生の男子でも根を上げ、自転車を降りて押すような急勾配(きゅうこうばい)を彼女は難なく上り切るのだ。

ここからは下り坂である。
彼女はペダルから足を離し前方に伸ばすと、スカートが膝あたりでバタバタと暴れ、汗ばんだ足を風が心地よく擦った。

眼下にはカボチャ畑と芋畑が広がっている。レタス、白菜、カリフラワーといった葉物や花菜の畑も見える。既に収穫が終わっている畑も目立った。

そしてその先に、県立杏仲(あんなか)高等学校があった。

2014年10月…。()(ぐさ) (れん)は17歳である。


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