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文字数 835文字

パン!

開いた手のひらで抑え込むような一打でビートは締めくくられた。

ブヲォォヮォンム…

楽器庫の全ての楽器が残響をはらんでいた。それは独特の音響となって、また複雑だが心地よい和音となってしばらくそこに滞在した。

「は、初めまして、2年の江草(えぐさ)(れん)です。」
笹塚(ささづか) ツカサから急に振られたので噛みながらも自己紹介をした。

誰も声を発する余裕がない。皆、会釈を返すだけであった。それに、(れん)のことなら自己紹介されずとも知っている。
「何だか不思議な気分だけど、それはそれとして…うん!」
笹塚(ささづか) ツカサは何かを決意したように強く頷いて、
(れん)さん上手だね!」
(れん)に向き直り言った。
「改めて、お願いしたこと、聞いてくれる?」

*

楽器庫の隣の顧問室。
「文化祭の発表、ですか?」
(れん)は聞き返した。
「そう。毎年ね吹奏楽部って演奏会みたいなことするでしょ?それがね、今年は少し大規模なの。」
笹塚(ささづか) ツカサは説明を続けているところへ、後輩男子が付け加える。
「来年度はもうこの校舎使わないので、実質今年が最後の文化祭開催なんです。で、保護者の方々やPTAの役員の方々のご意見や要望がありまして、街を上げたイベントにしたいみたいで…。」
一年生の七餅(ななもち)(りつ)、この部活の副部長である。楽器庫でパンデイロを叩いた折、
「…ぶ、部長、これは…。」
笹塚(ささづか) ツカサに声を掛けた部員が七餅(ななもち)だった。
「お願い(れん)さん!臨時入部してください!」
笹塚(ささづか) ツカサは椅子から立ち上がり頭を下げる。
「僕からもお願いします江草(えぐさ)先輩!」
それを見た七餅(ななもち)も同じく立ち上がり深く一礼した。
(れん)は熟考して決めようと思った。
「わかりました。少し考え…」
「ありがとう!絶対引き受けてくれるって信じてたよ!」
笹塚(ささづか) ツカサは(れん)の手をとって飛び跳ねた。

ガチャッ、ドドドドド

顧問室のドアが開いて、盗み聞きしていた部員がなだれ込んできた。そして口々に喝采を叫んだ。
「やったー!」
「助かったー。」
「これで安心だね!」
「いやほーーい、いやほいほーーい!」
(れん)はそれ以上、何も言えなかった。


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