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文字数 1,197文字

マァ君の親友である(りつ)は、それから数日をかけて江草(えぐさ)先輩の画像を撮ってくれた。初回はブレブレの後ろ姿一枚だったが、(りつ)もだんだんと盗撮に慣れて行ったのか、いろんな距離と角度からの画像が集まっていった。
新しい画像を送ってくれる度にマァ君は彼に心からの感謝を表明した。
マァ君はその画像データを大きなサイズに印刷し、壁に貼って朝晩欠かさずに礼拝を捧げた。
画像の中で江草(えぐさ)先輩がはにかんでいる。
臨時の部員である彼女も、既にすっかり吹奏楽部の空気に馴染んでいるように見えた。

♪ヘポン ヘポン

誰もいない教室の静寂をスマホの着信音が掻き消した。

(りつ)からのメッセージだ。

□さすがに動画はムズカシイ。これで限界…。

「…まあ、そうだろうな。」

一瞬の隙をついて撮るのと、気付かれないように撮り続けるのとでは難易度が違うだろう。だが、友人のそんな弱気な発言とは裏腹に、添付された動画は30秒以上あった。
「うほーぃ!超大作や!」
マァ君、その場で小躍りした。

――どうしようかな…家に帰ってから観ようかな、いま観ちゃおうかな…。

マァ君、思い付いたまますぐに言葉にしてしまうおかしな性質(へき)の持ち主だが、言葉以外なら割と自制が利く。
好きなオカズは最後までとっておけるタイプだ。
「…観よう!」
自制利かなかった。

動画の再生ボタンをタップする。初回再生はダウンロードの時間がかかる。
やがて再生が始まる。
ガシャガシャと騒がしい音が教室中に響いてしまう。
マァ君急いでスマホにイヤホンを挿し音量を絞った。
マァ君知っている。
(りつ)から聞いて、部活動の一通りの流れは把握している。
これはパート練習だ。
部員全員で演奏するために幾つかの段階的な練習を重ねていくのだ。

個人練習
 ↓
パート練習
 ↓
セクション練習
 ↓
全体練習

というように。

動画の中には打楽器を演奏する生徒しか映っていない、やはりパート練習だろう。
マァ君、その動画を何度も何度も観た。
終わったらまた最初から観た。
巻き戻して同じ箇所を繰り返し観た。
「……。」
おかしいだろ…。たかだか練習で、どうしてこんなに楽しそうに踊り狂えるのだろうか…。
(りつ)はドア越しからこれを撮影、もとい盗撮しているらしい。部室の防音扉には室内がのぞける窓が付いていた。
それでも、リズムに合わせて手元がブレている…。
「…何だよコレ…」
以前、(りつ)から江草(えぐさ)先輩の叩くタンバリンについて聞いたことがあった。

タンバリンを叩く手元から小さな光が沢山零れて広がってゆき、

聞いていると身体が勝手に動いてしまい、

すごく楽しい気分になる。

体験した(りつ)本人から聞いたから感じなかったのかもしれないが、こうして動画で客観的に目の当たりにすると…何ていうか…。

「…もはやホラー…だな。」

…だが、そんなことより何より…。

「やっぱ実際に動く江草(えぐさ)先輩超イイ!!!」

プチ超常現象のことは少しは気になるがいまはとにかく彼女を愛でたい!
マァ君は今日もほくほくとして帰路についた。
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