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帰宅し夕食を済ませてからもマァ君は飛田(とびた)先生とチャットで話し合った。先生がこんなにもこの怪現象に興味を持ち、そして協力的に動いてくれるとは意外だった。だが、マァ君と一緒に謎を追ってくれるにあたり、こんなに心強い人材もあるまい!
二人以上の複数人で情報や意思のやり取りをするには"共通の用語"があると便利である。今夜の話し合いは主にそこに重点を絞った。即ち、この現象周辺の事柄に名称を付けていくのだ。因みに江草(えぐさ)先輩の手から出る光のことは既に≪クロックライト≫と名付けてある。そして、クロックライトの影響を受け、タンバリンの演奏で踊り出してしまう状態にある人たちを≪タンバラー≫と呼ぶことにした。
□もうこんな時間?
□先生は休んでください。俺は江草(えぐさ)先輩にお祈りを捧げて寝ます
□…わかったわ。じゃ、明日ね。
飛田(とびた)先生とのチャット会議は終わった。

*

マァ君大寝坊(おおねぼう)してしまった!遅刻必至だ、走れーー!!
…という気も起こらないくらいの時間である。まあ幸いマァ君()から学校はさして距離はない。父さんの仕事は転勤ばかりだから、引っ越しの(たび)に、通学と通学に便利な住居を選ぶのだ。

それはいいとして…、角を曲がれば校門、というところで気付いた。

…音がする。

吹奏楽部が演奏する杏仲(あんなか)高校の校歌だ。
!そうだ、今日は全校集会だった。

――マズイな…、

校長先生のお話や、生徒会長や委員会の報告や、今なら文化祭の連絡事項などもあるかもしれない。担任から参加必須、遅刻厳禁を厳命されていた。
わぁ…怒られるだろうな。
だが、マァ君が懸念したのはそこじゃない。
急いで校舎玄関で履き替え、体育館に向かう。
吹奏楽と校歌の合唱がより大きく聞こえる。
集会時に生徒たちが出入口にしている体育館側面の引き扉はきっちり閉められている。
凄い大合唱である。
古株の教師たちでも、全校生徒200人がこれほど熱心に校歌斉唱するのを聞いたことはあるまい。
そして時折、足を踏み鳴らす音や奇声も上がる。
悪い予感を通り越した、最悪の確信があった。
そっと扉を開ける。
扉は厚い鉄製で、本来は動かせばゴロゴロと重苦しい音を立てるが、何しろ周囲が大音声(だいおんじょう)である。気遣いは杞憂であった。

恐る恐る扉の隙間から様子をうかがった。

果たして体育館(そこ)には全校生徒が歌い踊り狂っている有り得ない光景が広がっていた。教師も生徒も、用務員や事務員の方も皆…校歌を熱唱し踊っていた。目は血走り、或いは白目をむき、或いは悦に入るように固く閉じ、そこにまともな眼差しは絶無だった。

――マァ君以外…みんな…タンバラーになってしまった…
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