文字数 1,075文字

「初めまして、江草(えぐさ)(れん)といいます。」
名家の出である。ただの自己紹介とお辞儀なのにその所作は品が良く優雅なものだと分かった。

だが、梶原(かじわら)小鹿(こじか)の全身の血液が凍りついた。

――江草(えぐさ)(れん)だ…

梶原(かじわら)たちの通う高校は(れん)たちが通う杏仲(あんなか)高校よりも校風もゆるく、また偏差値もさほど高くない。仕方のないことだが杏仲(あんなか)高校よりも粗野で(たち)の悪い、いわゆる”不良”のような生徒も多く集まる。大人たちの知らない街中で他校同士の(いさか)いも度々あった。

梶原(かじわら)小鹿(こじか)は、その名が示す通り産まれたての不良だった。ほやほやのくせに、どうしてリーダーみたいなポジションにいるのか、何故にソファでふんぞり返っているのか…、その物語は面白くないので書かない。





いや!やはり書くぅ!!!

街の不良学生たちの間ではちょっと前まで九条(くじょう)という女子が幅をきかせていた。
大柄でケンカもめっぽう強く、少々強引なところはあっても面倒見が良かったので慕う者も多かった。

小鹿(こじか)九条(くじょう)に憧れていた。
強くてかっこいい彼女に、恋慕にも崇拝にも似た感情を抱いていた。九条(くじょう)の友達でさえいれば自分達は街の何処へ行っても恐れられ好き勝手出来た。

それもこれも街で最強の九条(くじょう)のお陰だった。

その九条(くじょう)が部活動で大怪我をした。
レスリングの県大会で肋骨を二本折り肩を脱臼した。

相手選手の名は江草(えぐさ)(れん)
同市内の高校に通う九条(くじょう)と同い年の17歳。

ここでいくつか訂正しておく。
先ず”肋骨を二本折り肩を脱臼した”というのは全くのでっち上げのデマで、真実は”ちょっと肩を痛めただけ”である。
レスリングの試合中に大怪我をすることはない。何の為にレフェリーがいるのか…だ。

実は試合の後、九条(くじょう)は入院してしまった。
彼女自身、圧倒的な強者と対峙し、埋めようのない絶望的な力の差を知り、子供のようにひねられて敗北したのだ。肉体よりも精神的なショックが大きかったのだろう。

それからもう一つ、こっちはまぁどうでもいいが九条(くじょう)は一年留年している。(れん)と同い年ではない。

ある日、小鹿(こじか)九条(くじょう)を見舞った。
九条(くじょう)小鹿(こじか)の来室を泣いて喜んだ。気弱になっていたのかもしれない。

他に誰も見舞いに来る者はなかった。

九条(くじょう)にくっついていた街の不良学生たちは、手のひらを返したように、蜘蛛の子を散らすように離れていった。

病室で九条(くじょう)小鹿(こじか)の手を強く握り言った。

――あとのことは頼んだよ。みんな私を見限って離れていったけど、それでも何人かは残ってくれている。そいつらを束ね、面倒をみてくれ…。

と。

小鹿(こじか)は全力で断りたかった。

そして断れなかったから今、梶原(かじわら)小鹿(こじか)は、ふんぞり子はソファでふんぞり返り、本物の(れん)を前に全身が凍りついている。
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