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文字数 1,347文字

そこが保健室のベッドの上だと思い至るまでに恐らく数十秒かかっていただろう。次第に微睡(まどろみ)が晴れてゆき、今朝の出来事がだんだんに思い出されてきた。
江草(えぐさ)先輩がマァ君の手を叩いた。そのときに発生した光を見て気絶したのだ。
――あの光…普通じゃない。
人体から光が飛び出す…しかも手が発光した、というより手のひらから光の粒子が勢いよく零れ落ちたような…。
こんな現象誰がみても普通じゃない。でも校内でその不思議な光が噂になっている、という話は聞いていない。
いや、マァ君が周囲の生徒とあまり関わらないからだろうか…。

「そうだ!」
「先輩いい匂いだったぁぁ!!」
マァ君は急に叫んだ。マァ君は考え事の途中でも発作的に突飛なことを叫んでしまう性質(へき)がある。
まだ足りない、叫び足りない。
江草(えぐさ)先輩超いいにお…」
「古沢君、起きたね。」
叫びかけに保健室の飛田(とびた)先生がパシャンと急にカーテンを開けた。
?!…先生…今って何時ですか?」
さすがのマァ君もほんの少しだけだが恥ずかしくなって、気にもしていない現在時刻を聞いた。
保健室の飛田(とびた)(きゅう)先生
校内で人気がありトビーとかキュウちゃんとか呼ばれている。校内でマァ君と普通に会話してくれるのは(りつ)飛田(とびた)先生くらいだった。
「10時半だけど、昼まで寝てく?」
「いえ、大丈夫です。」
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝ないと駄目だよ。」
「はい。有難う御座いました。」
「あ、それから…」
飛田(とびた)先生が何かを思い出してマァ君を呼び止めた。
「2年の江草(えぐさ)さんにお礼を言っといてね。」
そっか、保健室まで運んでくれた先輩だったのか…
体が芯から熱くなる。
そうだ。結局のところ、彼女とお話したいがために不思議なタンバリンの謎に首を突っ込んでいるだけなのだ。

「はい、言っときます!」

マァ君は保健室を出た。


マァ君はベッドから上半身を起こした。制服の上着のポケットを探り、スマホを取り出した。
操作し再生ボタンを押す。
マァ君の手を江草(えぐさ)先輩の手が叩く。

…やっぱりだ。

光の粒子が写っていない。
あの光はスマホのカメラでは撮影出来ないんだ。
(りつ)が盗撮してくれた動画を隅々まで何度も観たが光は写っていなかった。そして恐らく、あの光に周囲の人達を躍らせる先輩のタンバリンの秘密が隠されているに違いない…

マァ君はこの不思議な光を

≪clock light≫ クロックライト

と名付けることにした。

まだ熟考する余地はあるが、これまで得た情報に基づく仮説はこうだ。

江草(えぐさ)先輩がタンバリンを叩くとクロックライトが発生する
・クロックライトを見てしまうと身体の制御を奪われる
・直後のリズムや音楽と同調した動きをしてしまう

これでだいぶ論理的な説明が出来る。
恐らく江草(えぐさ)先輩は楽器以外の何を叩いてもクロックライトを出すことができるのだろう。マァ君の手を叩いても光は出た。
そして一定以上の時間光を見ると身体の力が抜けて、何とも言えない気分になってくる。
全身がムズムズとして、じっとしていてはいけないような気持ちになってくる。
先程はこの時点でマァ君危険を感じて目を閉じた。眩暈と立ち眩みは、光の制御を拒絶したために起こったのかもしれない。
そしてどうやら、あの様子から察するに江草(えぐさ)先輩自身はその一連の事象に気付いていない。
まだまだ謎だらけだが、ひとつひとつ明らかにしていく他ない。


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