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文字数 1,076文字

明るい曲調の演奏が聞こえる。楽器の名前は分からないけれどラッパか笛か、太鼓かくらいは分かる。こういうの確か、ラテン音楽というのじゃなかっただろうか。

その日マァ君は吹奏楽部の部室を偵察に行った。(りつ)が撮影してくれた動画でだいたいの様子は分かるのだが、部室全体と部員全員を実際に見ておきたい。このおかしな現象周辺のことをもっと広く深く知りたい。
だが、正面から行くのは得策ではない。
見学に来た、とか(りつ)に用事があって、とか理由はいくらでもでっち上げられるが、不自然さを微塵も出さずにやり切れる気がしない。
それよりもマァ君の気質に合っている方法で情報収集するのがよかろう。
即ち、コソコソと遠くから覗き見るのだ。

吹奏楽部の部室である第二音楽室は本校舎から渡り廊下を経て、すこし離れた敷地の端にある。
老朽化した校舎よりだいぶ後に増設された建物であるらしく大きな窓も四方に幾つかあり、外から覗きやすい。

マァ君は父さんから借りて来た双眼鏡で部室の様子を見た。
趣味がスポーツ観戦の父さんが野球やサッカーをスタジアムで観る時に使うもので倍率はかなり高く、部室からけっこう距離をとっているけれど、窓に張り付いて室内を眺めているように間近に見える。

――何じゃこりゃ!?!?

マァ君、度肝を抜かれた。

ビックリしたときって、本当に体のどこかで「ビクッッッ!」とか「ドキッッッ!」っていう音がしている気がする。大音量でそれが聞こえた気がする。

部員全員が踊り狂っている…。

人数多すぎないか?吹奏楽部はせいぜい20人くらいのはずだ。部室ではおそらく50人以上の生徒が踊っているのではないだろうか。
しかも、踊りに統一感が生まれてきている?
動画で確認したときは、皆思い思いの動きをしていたけれども、今や何やら振り付けらしいものが出来上がりつつある気がする。一斉に両腕をあげ、一斉に飛び、一斉に回る。
江草先輩の姿は見えない。踊っている人たちに囲まれているのだろうか。

マァ君目の前の異常な光景に全身が凍りついた。

これ、アカンやつや…不思議現象の域を軽く超えていらっしゃる…
とにかく一刻も早くここから離れよう。一時撤退し帰宅し夕食をとりお風呂に入ってからゆっくり対策を練ろう。
立ちあがろうとしたその時、誰かに肩を叩かれた。

ーー?!

「何してるの?」

マァ君、遠距離から観察する、という方法が自身の性質に合っている、みたいなことを言ったけれども、かと言って別段高いステルス性や隠密性を持っているわけではない。物陰にも隠れず、暗闇にも潜んでいないマァ君は簡単に見つかってしまうのだ。

「ねぇ、何してる?古沢君。」
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