第27話:肩透かし

文字数 2,270文字

 茉莉宅のリビングに通され、応接セットの一人掛けソファへ腰を下ろした大二郎。その正面には茉莉が座り、彼女の背後には緊急事態に備えたボルタとロキソが守護神のように控えていた。何ともいえない空気が流れる中、キッチンからガスターがトレーに乗せたティーカップを持ってくると、辺りにはホッとするような甘い香りが立ち込めた。
「……どうぞ」
「……う、うむ」
 持て成しの気持ちを一切抱いていないガスターから、目の前にティーカップを置かれた大二郎は、そのカップとガスターの顔を交互に見たあと、戸惑うような視線を茉莉へ向けた。
「毒なんて入っていませんから、安心してください」
「いや、そういう意味ではなく……。まさか本当に茶を入れてくるとは思わなんだ……」
 茉莉に促された大二郎は手にしたカップの中身を繁々と見つめ、ゆっくりと口に運んだ。
「あーーーーーっ!」
「なんだ!?」
 突如大声を出したガスターに驚いた大二郎は、持っていたカップを危うく落としそうになる。
「どうしたのガスターさん、そんなに慌てて」
「大変よ茉莉ちゃん! もう“ワールド猫ウォーク”が始まっちゃってるわ!」
「それは一大事」
 ガスターから忠告を受けた茉莉は、呆気にとられている大二郎へキリッとした顔を向けた。
「すみません薬師寺さん、お話は“ワールド猫ウォーク”見終わってからでもよろしいですか?」
「え? あぁ……。あの番組は面白いからな。私も毎週録画して見ているよ」
 やけに真剣な眼差しで物申す茉莉に、大二郎は圧倒されながら頷いた。
「それは奇遇ですね。ではみんなで一緒にお茶飲みながら見ましょう」
「全員分すぐに入れてくるわね!」
 茉莉の提案にすぐさま反応したガスターはキッチンへと舞い戻り、ボルタはTVのリモコンを操作し、ロキソは当然といった様子で茉莉の隣に座り、ドンは飼い主である大二郎のところではなく茉莉の膝の上へストンと飛び乗った。
 その一連の流れをポカンと見ていた大二郎。先ほどまでは即座にロボット達を連れ帰ろうと意気込んでいたものの、こうして茉莉達のアットホームさに巻き込まれるうちに、その勢いがゴッソリ削がれてしまったようで。ガスターが新たに入れ直してくれた茶を手に取り、大人しく飲んでいた。

「あら~、この子、可愛いわねぇ」
「うむ、何とも愛くるしい口元であるな」
 画面に映し出された子猫を見て、各々の意見を述べるガスターとボルタ。その顔は猫の愛らしさに緩みまくっていた。
「手が――太いな。こいつは、大きくなる……ドンくらいに」
「そうだね、楽しみだね」
 ロキソが感想を述べながら茉莉の膝の上で丸まっているドンの背中を撫でると、茉莉はそれに賛同するようにドンの鼻筋を指先で撫でた。話題の主であるドンはゴロゴロと喉を鳴らしている。
 その爆音を聞いて大二郎は驚いた。ドンのゴロゴロ爆音など今の今まで聞いたことがないからだ。薬師寺宅にいるときのドンは子猫のときから大層クールで、こんなデレデレに甘えた姿など大二郎に見せたことがなかった。
 そのショックからドンを見つめたまま固まってしまう大二郎。それに気づいたのか、ドンがふと顔をあげ大二郎と視線を交わしながら、茉莉の太ももを前足で踏み踏みし始めた。
「おお! ドンちゃんの踏み踏みぃ! 初めて見たぞ!」
「あらそうなの? ドンちゃんはいつも踏み踏みしてるわよ」
「なんと!?」
 スマホを取り出し、興奮した様子で動画を撮り出した大二郎にガスターの冷たい一言が突き刺さる。
「あー、きっとアレですよ。私の太ももがブヨブヨで揉みやすいからじゃないですかね? 薬師寺さんは引き締まってて揉みにくいとか何とか」
「う、うむ……」
 大二郎は茉莉の励ましに、どこか釈然としないまでも一応頷いてみせた。
 すると茉莉の膝の上からふと立ち上がったドンが、隣に座っているロキソの膝の上へ移動し、そこで踏み踏み攻撃を再開した。
「なぜだぁ!? 私の太ももよりもカッチカチではないかぁ!」
「まあまあ落ち着いてください薬師寺さん。ほら、可愛い猫ちゃんが沢山映ってますよ。これ見終わったら、ドンちゃんの揉み揉み問題について話し合いしましょうね」
「う、うむ……」
 茉莉に宥めすかされた大二郎はTV画面とドンとを交互に見遣り、やはりどこか釈然としないまでも、落ち着きを取り戻そうと冷めかけた茶を一口飲んだ。
 その後もTV画面に流れる可愛い猫達への感想を互いに述べあい、合間合間にドンのキュートエピソードを交えながら、あっという間に15分が過ぎ番組は終了した。

「さぁて、それじゃあ茉莉ちゃんの晩御飯にしましょうか。……アンタも晩御飯まだだったら、一緒に食べていったら?」
 この時のガスターが“家へ遊びにきていた息子の友達を晩御飯に招待するお母さんに見えた”と、後日茉莉が語っていたのは余談である。
「なっ――」
「さすがガスターさん、お気遣いの紳士。薬師寺さん是非ご一緒にどうぞ。ガスターさんはお茶だけでなく、お料理も凄く上手なんですよ」
 予想だにしない出来事の連続で目を白黒させている大二郎へ、茉莉が追い打ちをかけた。
「し、しかし――」
「今日はビーフシチューよ。じっくりコトコト煮込みまくってトロットロなビーフシチューよ」
 キッチンから鍋を持ってきて、その蓋を開けるガスター。中からはとても食欲をそそる良い香りの湯気が立ち昇り、大二郎の嗅覚に襲いかかった。
「――い、いただこう……」
 ちょうど空腹であった大二郎が、その香りの暴力に太刀打ちできるはずもなく。ぎこちなく一つ頷いた“灰色悪鬼”だった。
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