第11話:心配忍者(前編)

文字数 3,031文字

 午前中に一通りの家事を終えた3人のロボット達はリビングのソファに座りTV番組を見ていた。昼の情報番組で人間社会のアレコレを学び、料理番組でレシピを習得し、お次は平日連続放送のメロドラマを観る。この流れがここ数日の彼らの日課となっていた。
 いわゆる昼メロであるが、その内容は夫と死に別れた新妻が周囲から不条理な程いびられまくられたり、男友達から恋心を抱かれたりする、何ともご都合主義かつ波乱万丈なものであった。茉莉はこういうドロドロした物語は苦手で観ないが、生まれてまだ日が浅いロボット達には社会勉強になるようで、毎日楽しみにしていた。
「さあ、始まるわよ」
 それぞれ好みの飲み物を片手に、昼メロのテーマ曲が流れ始めたTV画面を食い入るように見守る。ロキソの膝ではドンがプウプウと寝息を立てていた。
『こぉんな簡単なことも出来ないのぉ?そんなんだから旦那さん死んじゃったんじゃないのぉ~』
 画面の中でクスクスと意地悪く嘲り笑うのは新妻の同僚達。主人亡き後、近所のスーパーマーケットで働きだした新妻は、初日からパート主婦達に執拗を受けていた。
「なんてイジワルなの! やり方教えてあげなきゃ、お仕事出来るわけないじゃない!」
「左様。なんと底意地の悪い輩達であろうか」
 プンスカ怒るガスターと、苦虫を嚙み潰したような表情のボルタ。ロキソは無表情でドンを撫でている。
『ごめんなさい…』
『誤ってすむんならぁ、警察なんていらないのよぉ?そんなことも分からないほど頭悪いのぉ?』
 不条理に耐え謝る新妻へパート主婦達はより一層嫌らしい笑みを浮かべて彼女を罵ると、ガスターはキイーッと白いハンカチを噛み締めた。
「あーもーほんっと腹立つわ! こんな酷い人間なんているの!?」
「茉莉殿の人間嫌いも納得であるな」
 眉間に深い縦皺を刻むボルタの言葉に、ロキソがピクリと反応し、ドンを撫で続けていた手が止まる。それから昼メロが終わるまで、ロキソは何か思いつめたように考え込んでいた。

 * * * * *

「いってらっしゃーい」
「道中、油断せぬよう」
「……気を付けろ」
「いってきます」
 翌日、ロボット達のお見送りにも大分慣れた茉莉は、いつも通り返事をしたあと外へ出て玄関の鍵を閉めた。それを見届けたガスターは、己の顔の前でパンッと両手を合わせ、後ろを振り返る。
「さあ、今日も掃除洗濯料理と、頑張るわよ――って、あら? ロキソは?」
「ぬ? つい先ほどまで横におったが…」
 ボルタのいうとおり、ほんの数秒前までロキソが立っていた場所には、ネジのひとつも落ちてはいなかった。

 ガスターとボルタがロキソを探し回っているころ、茉莉は特に問題なく会社へ到着。バスで数分という近さの勤め先には、まだ誰も出社していない。社から一番近場の茉莉が一番乗りになるのはよくあることであった。
 フロア入り口のドアへパスワードを入力し解錠。中へ入るといくつかの窓を開け、換気をする。そうして自席へ座り、バッグの中から社員証を取り出そうとした茉莉の手に、ゴツゴツした何かが触れた。
 一瞬動きが止まった茉莉は、ゆっくりとバッグの中を覗き込んだ。
「……なぜここに?」
 バッグの中ではミニ化したロキソが体育座りで茉莉を見上げていた。
「茉莉は、俺が守る――」
 何とも乙女心を揺さぶるセリフを吐くロキソであったが、なにぶん体育座りで言われると、格好良さよりも滑稽さが勝ってしまう。だが茉莉はそんなことはお構いなしに、彼の溢した言葉の意味に疑問符を浮かべていた。
「守る? 私はロキソ達の研究施設から狙われていないから、守ってもらわなくても大丈夫だよ?」
 そう告げる茉莉へ、ロキソはフルフルと首を横に振る。言葉数が極端に少なく、自分の考えを饒舌に語ることはしないロキソ。だがこうと思ったことは淡々と成し遂げる、頑固な一面を持っていた。それをこの数日で理解した茉莉は、このまま彼を問い詰めても仕方がないと、スマホを取り出し自宅の電話へかけた。家電にはナンバーディスプレイがついており、茉莉の携帯番号が表示された場合のみ出るようガスター達へ教えてあった。
『ままま茉莉ちゃん!? 大変なのよ! ロキソがいなくなっちゃったの!』
 呼び出し音が3コール鳴り、ガチャリと取り上げられた受話器からは、開口一番大慌てのガスターの声が聞こえて来た。
「ロキソならここにいるよ」
『なぁんですってぇ!?』
 スマホのスピーカーから大音量で漏れるオネエ言葉のエエ声に、誰も出勤してきてなくて良かったと内心胸を撫で下ろす茉莉であった。
「なんかね、私を守るっていってる」
『何者かに狙われておるのか茉莉殿!?』
 大慌てで会話に介入してきたボルタ。自宅ではハンズフリーで通話をしているようだ。
「いや全然」
『そうよねぇ、アナタが研究所に狙われてるわけじゃないし――ハッ! まさか……』
 暫し考えこんだガスターは、ひとつの可能性を思い浮かべた。
『ロキソ、アンタまさか茉莉ちゃんが会社の人にイジメられてると思ったの?』
 ガスターの問いかけに、ロキソはコクンとひとつ頷き、肯定の意を示す。
「なんと」
『実はね――』
 まさかの理由に驚く茉莉へガスターは事情を説明し始めた。最近3人でハマっている昼ドラが、ヒロインがイジメぬかれる内容であったこと。それを見て茉莉もイジメられているのではないかと思い込んでしまったのではないか――と。
「――そうなんだ。理由は分かった」
 ガスターの説明を聞き終えた茉莉は、いまだバッグの中で体育座りしているロキソを見やる。視線が合うと、ロキソはビクリと小さく体を震わせた。『勝手なことをして怒られる』とでも思ったのであろう。
「じゃあ、本当にイジメられていないって納得してもらうために、今日は1日一緒にいようか?」
 思いもよらぬ快諾に、パァアと花々が咲き乱れたような雰囲気をまとったロキソは、バッグから飛び出し茉莉の手の甲へ抱き着いた。それはまるで餌をねだるハムスターのようだった。

「どこに居てもらおうか……」
 ガスター達との電話を切った後、茉莉は自席の前で考え込む。いくら手乗りサイズとはいえ、ロキソがデスク上に鎮座していたらプラモデルを飾っていると誤解されてしまう。普段からそういうキャラなら問題ないだろうが。さてどうするかと頭を悩ませる彼女の目の前をロキソがトコトコ歩いていき、そして突然消えてしまった。
「!?」
 驚いた茉莉は、ロキソがどこへ行ってしまったのかと辺りを見回すが、目に映るものはガランとしたオフィスの光景のみ。天井も見上げたが影も形も無く。ついにはデスク下を覗き込もうと、見上げていた顔を下へ向けると、視線の先にパッとロキソが現れた。
「なに? どうやったの、瞬間移動?」
 物音も風の揺らぎもせずに現れたロキソへ、茉莉は驚きを通り越し、興味津々で質問を投げかける。
「俺には、ステルス機能が、ある……」
「本当に色んなこと出来るんだね」
 ステルス機能を確認させるため、姿を消したり現わすロキソに茉莉はいたく感心していた。
「じゃあ姿を消したままなら、机の上にいても大丈夫かな」
 茉莉の問いかけにコクンと頷いたロキソ。と同時にオフィス入り口に人の気配を感じた彼は、スッと姿を消し去った。
「おはようございます」
「おはよう。今日も早いね津村さん」
 同僚と挨拶を交わす茉莉の肩にロキソはジャンプして乗ってみたが、同僚はそれに気づくことなく自席へと歩いていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み