第40話:さよなら世界

文字数 2,840文字

「本当に大丈夫だろうな? 誤って爆発したり溶けたりしないか?」
 カロナの背後からブロンの心配そうな声がかかる。カロナが見つめている宇宙船のモニターの下には複雑な操作盤があった。
「大丈夫だって! あいつらを捕まえるまでの間、別の時空に飛ばすだけだ。傷つけやしないさ」
「……そうか」
 カロナの説明に渋々納得したブロン。彼らは茉莉宅の遥か上空に宇宙船を停め、そのモニターに茉莉宅の玄関を映していた。時刻はもうすぐ茉莉達が出勤する時間帯。カロナは己が開発した時空を操る装置の照準を玄関先へ定め、茉莉が出てくるのを今か今かと待ち構えていた。
 なぜ茉莉の家が分かったのか。それはガスター達と初対面時、彼らの情報をスキャンし、追跡装置へ登録したからだ。カロナいわく、スキャンしたての新鮮な情報ならば追跡装置の精度もあがるそうだ。
「あの人間が消えたら、俺と兄貴が野郎共をとっ捕まえるって段取りであってんか?」
「そうだ。何度も言っているが、無駄な破壊行動は慎めよ」
「慎めたらな」
 ダハハと下品な笑い声をあげるバンテに、ブロンは(たしな)めるような視線を向けた。

「――出てきた!」
 モニターに釘付けだったカロナが声をはる。その言葉通り茉莉一人が玄関から出てきていた。扉の施錠を終えた茉莉は待ち構えていたドンを撫でまわし、ほぼ同時に自宅から出てきた隣人・大二郎と朝の挨拶を交わす。本宅へ帰るドンを見送った後、茉莉は愛車に乗り込むべく駐車場へと足を進めた。
「いまだ」
「おう!」
 ブロンの許可を得たカロナは標準を合わせてあった時空転送装置のスイッチを押した。それに連動している宇宙船のレーザー砲から、紫色の怪しげな光の玉が茉莉目掛けて発射された。
「止めろカロナ!」
「えぇっ!? 無理だぜ兄貴! もう光に包まれて――ほら、綺麗さっぱり消えちまった」
 いきなり止めに入ってきたブロンへ、カロナはモニターを指さし説明をする。紫の光の玉に全身を包まれた茉莉が消えていく様を、ブロンは食い入るように見つめていた。
「よっしゃー! 俺達の出番だ! 早く行こうぜ兄貴!」
「無駄だ」
「はぁ? なんでだよ、怖気づいたのか?」
 ブロンの予想外の返答に、バンテは不満気に片眉を上げる。
「カロナ、人間が消える直前の映像を出せ」
「? お、おう……」
 おかしな様子の長男に疑問符を浮かべつつ、カロナは記録映像を再生した。
「そこで一時停止。人間が肩から下げている荷物を拡大しろ」
「「……あぁあ!?」」
 指示通り拡大した映像には、茉莉のバッグの縁から小さく顔を覗かせているガスター達3人の姿が映っていた。それを確認できたバンテとカロナはモニターに噛り付き絶叫。先程ブロンが放った『無駄だ』という言葉の意味を理解した。

「カロナ、奴らを戻せ」
「あ~……っと、今すぐには無理かな~……なんて」
 奥歯に物が挟まったような物言いのカロナを、ブロンは半眼で睨む。
「どういうことだ」
「エネルギーが溜まるまで時間がかかるんだ……」
「どれぐらいかかる」
「……24時間」
 淡々と問いかけてくるブロンに対し、カロナは怒られた子犬のように狐耳をペターンと伏せた。
「仕方がない。ではエネルギーが溜まり次第戻せ。作戦はまた練り直せばいい」
「あ~、兄貴? 実は……」
「なんだ、まだ何かあるのか」
 声を荒げることなく問うブロンに、カロナは更に耳をペッタリ伏せた。
「目標が到着した座標から10キロ以上移動すると、この装置だけじゃ戻せねぇ……」
「ハァア!? テメェ馬鹿か!? 頭に化石詰まってんのか?! テメェは生きる化石かぁ!?」
 頭から湯気が出る勢いで怒るバンテ。しかしカロナはそれに怯むどころか、伏せていた耳をピンと立て、切れ長の目を吊り上げた。
「うっせーな! 原始人に言われたくねーよ!」
「んだとぉ!? このクソガキがーーーっ! ケツから棍棒突っ込んで奥歯ガタガタ言わせんぞコラァ!!」
 ブロンは罵り合いを始めた弟達へ視線をよこすこともなく、慌てふためく大二郎が映っているモニターを遠い目で見つめていた。

 * * * * *

 ガキンッ! と激しい金属音が耳をつんざく。紫色の眩しい光に瞼を閉じていた茉莉は、その音によって自ずと目を見開いた。
「――危ないじゃないのよ!」
 茉莉を背に庇いつつ右腕を顔の前で翳すガスター。その腕は鈍く光る長剣の攻撃を防いでいた。先程の金属音はそこから生まれたものだ。ボルタとロキソもガスターと同時に人間サイズへと変じており、やはり茉莉を守るため、彼女を背に隠し各々の獲物を構えていた。戦いは嫌いだが、本来戦闘用のロボットである彼らは危機を察すると考えるよりも先に体が動いてしまうようだ。
「人様の玄関先でいきなり斬りかかってくるなんて、正気の沙汰じゃないわよアンタ!」
 長剣を一旦引いた鎧姿の兵士へガスターが叱りつける。しかし兵士は憮然とした態度でガスターを見据え、警戒を解いていないオーラを滲ませていた。
「ガスターさん、ガスターさん」
 今まで庇われたままだった茉莉が、ガスターの背中をトントンと軽くノックする。
「怪我はない? 茉莉ちゃん」
「大丈夫ありがとう。あのねガスターさん、ここ私の家の前じゃないっぽい」
「え?」
 茉莉の指摘に周りを見回してみたガスター。すると先程までいた茉莉宅の前ではなく、鬱蒼とした森の中にいることに気が付いた。四方は葉の生い茂った木々で囲まれているものの、ガスター達の周りには生えておらず、その頭上には抜けるような青空が広がっている。茉莉の背後には切り立った崖が退路を断つかの如くそびえていた。
「あらヤダどこよここ? 研究所の裏かしら?」
「ではそこな兵士は仮装中の研究員であろうか?」
「見たことない、顔だ……」
 いまだ警戒モード全開の兵士に、ロボット達の視線が集中した。
「――貴様らは“それ”の仲間か?」
「は?」
 低く唸るような兵士の声にガスターが首を傾げると、兵士は長剣の切っ先で茉莉の足元を指し示す。そこには焦げ茶色のマントを頭から被り、その隙間から大きな瞳を不安げに覗かせている子供の姿。子供は茉莉の影に隠れるようへたり込んでいた。
「だとしたら容赦しない。全員叩き斬る」
「ガスターさん、私の感が“この子を見捨てたらあかんで”って言ってる」
「貴女の感は大阪弁喋るのね……」
 緊迫した場面だというのに気の抜けることをこっそり告げる茉莉に、ガスターは苦笑を漏らす。だが『アタシもそう思うわ』と返すと茉莉はニコリと笑顔を浮かべ、スゥと息を吸った。

「一同撤収!」
 茉莉の掛け声に応じたガスター達は一斉に巨大化。ロキソは茉莉を、ボルタは謎の子供をそれぞれ両手で包み込み、上空へと飛び立った。その一瞬の間をつき攻撃されぬよう、ガスターは兵士の目前で腰に両手を置き見下ろしていた。
「逃げるのか! 化け物どもめ!!」
「逃げるが勝ちっていうでしょ? じゃあね~」
 憤怒する兵士にウインクし、ガスターも茉莉達の後を追って飛び去って行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み