第13話:武者のお宝
文字数 2,158文字
休日の朝。いつもより少し遅く起きた茉莉がリビングへ入ると、すでに起きていた人間サイズのロボット達から、それぞれ朝の挨拶が聞こえて来た。
「みんなおはよう――あっ」
ドアをくぐり数歩歩いた茉莉が短く声をあげ立ち止まる。すぐさまその場にしゃがみ込み、フローリングの床から何かを拾い上げた。
「どうしたの? 茉莉ちゃん」
「宝物はっけーん」
不思議そうな顔をするガスターへ、茉莉は今しがた拾い上げたものを得意気に見せた。
「……なにかしら、それ?」
見せてもらったものの、ガスターはますます訳が分からないといった表情になっていく。リビングで各々のんびり過ごしていたボルタとロキソも、なんだなんだと二人の所へ集まってきた。ロキソは一緒に遊んでいたドンを抱えながらだ。
「これはね、ドンちゃんのヒゲだよ」
そう言って右手で摘まんでいる白いヒゲをフリフリと上下に振ってみせる茉莉。ドンのヒゲはその動きに合わせ、しなやかに揺れていた。とても太くてコシのあるマーベラスなおヒゲである。
「猫のおヒゲって、そんな簡単に抜け落ちるものなのねぇ」
「ううん。たまにしか抜けないから、見つけられるのはレアなんだ」
感心するガスターを横目に、茉莉はリビングの一角にあるサイドボードへ向かい、その引き出しから綺麗に装飾がされた小箱を取り出した。それを嬉しそうにガスター達の元へ持ってくる茉莉を、3人のロボット達は疑問符を浮かべて見守っていた。
「じゃじゃーん。ドンちゃんの落とし物コレクショーン」
茉莉がパカッと小箱の蓋をあけると、中には十数本のヒゲが綺麗に並び収まっていた。
「これ全部ドンちゃんのおヒゲ?」
「そう。抜け落ちたヒゲも可愛いでしょ?」
「そ、そうねぇ……」
意気揚々な茉莉に対し、ガスターは若干引き気味である。しかし引いているのはガスターのみで、ロキソは抱っこしているドンを己の目の前へ掲げ、その立派なヒゲをしげしげと観察。ボルタは腕組みをしながら何度も深く頷き、賛同の意を表していた。
「茉莉殿のお気持ち、痛く分かり申す」
「そうなの? ボルタさん綺麗好きだから、てっきり怒られるものだと思ってた」
ボルタが掃除当番となってからというもの、茉莉宅は毎日ピッカピカに磨き上げられ塵一つ落ちてはいなかった。それゆえ今回このドンヒゲを見つけられたことは、茉莉にとっては奇跡であったのだ。
「拙者も塵と宝物 の区別がつくゆえ。茉莉殿と同じく、日々集めた宝物をこうして保管しておるのだ」
ボルタは己の肩の装甲をパカリと開け、白木の小箱を取り出してみせる。
「そこ収納スペースなんだ? 便利だね」
大鎧の大袖のようなパーツが開閉し、しかも収納できるようになっていることに、茉莉はいたく感心していた。
「左様。拙者の大切な宝物を収めるにうってつけでな」
武者のような厳つい顔をほころばせ、そっと小箱の蓋を開けたボルタは茉莉達に中身を見せた。
瞬間『うっ』と硬直する茉莉とガスター。二人は誇らしげに胸をはるボルタの前で、しばらく小箱を見つめたまま固まっていた。
「………これって、私の髪の毛?」
重苦しい空気の中で口火を切ったのは茉莉であった。小箱の中には10本ほどの髪の毛が綺麗に並べられていた。陰毛でなくても『人毛』が落ちていることが許せない茉莉は、ガスター達が来る前から髪の毛が落ちていたらすぐに拾い捨てていた。そんな茉莉の習慣をもってしても知らぬ間に落ちてしまっていた髪の毛を、ボルタはこっそり拾い集めていたのである。
「さすが茉莉殿! ご自分の美しい御髪 とお分かりになられたか!」
「この家の中で髪の毛あるの私だけだから」
「いやはや、まっことお見事! 才色兼備な茉莉殿であるゆえ、こうして抜け落ちた御髪も艶めかしく美しい……」
ウットリと小箱の中身を人差し指で撫でるボルタは一人で悦の世界に入ってしまう。その様子を見て、茉莉とガスターはさらにドンヨリとした重苦しい空気をまといだした。
「……あのねボルタさん。その抜け毛、捨ててくれないかな?」
「なにゆえ!? このように美麗な宝を破棄するなど、拙者にはとてもとても!」
茉莉のお願いにボルタは必死の形相で首を横に振る。
「アンタが変態じみてて気持ち悪いって言ってんのよ! 捨てなさい!」
ガスターは己の腰に両手を置き、仁王立ちで叱り飛ばす。
「変態とは失敬な。拙者、清廉潔白で品行方正、青天白日な――」
「おだまりド変態!」
「ゴフゥッ!?」
イライラのピークに達したガスターは、流暢に喋り続けるボルタの口の中へ持っていた台布巾を捻じ込んだ。
「………」
一人傍観していたロキソは、この騒動の最中ドンと共にリビングを抜け出しバスルームへ来ていた。ドンを優しく床に置き、ミニ化したロキソは茉莉の着用した衣類が入ったランドリーボックスの中へ飛び込んだ。ドンもその後へ続き、一人と一匹でゴロンゴロンと衣類の海を転がり楽しむ。
茉莉の匂いを楽しんでいるのか、はたまた自分の匂いを付けてマーキングしているのか。きっとその両方であろうが、暫く衣類の海を楽しんだ後、人間サイズに戻ったロキソは、何食わぬ顔でその衣類を洗濯機へ入れ始めた。
これがいつもの洗濯前の儀式だと、いまだリビングで捨てろ捨てないの攻防をしている者達は誰一人として知らない。
「みんなおはよう――あっ」
ドアをくぐり数歩歩いた茉莉が短く声をあげ立ち止まる。すぐさまその場にしゃがみ込み、フローリングの床から何かを拾い上げた。
「どうしたの? 茉莉ちゃん」
「宝物はっけーん」
不思議そうな顔をするガスターへ、茉莉は今しがた拾い上げたものを得意気に見せた。
「……なにかしら、それ?」
見せてもらったものの、ガスターはますます訳が分からないといった表情になっていく。リビングで各々のんびり過ごしていたボルタとロキソも、なんだなんだと二人の所へ集まってきた。ロキソは一緒に遊んでいたドンを抱えながらだ。
「これはね、ドンちゃんのヒゲだよ」
そう言って右手で摘まんでいる白いヒゲをフリフリと上下に振ってみせる茉莉。ドンのヒゲはその動きに合わせ、しなやかに揺れていた。とても太くてコシのあるマーベラスなおヒゲである。
「猫のおヒゲって、そんな簡単に抜け落ちるものなのねぇ」
「ううん。たまにしか抜けないから、見つけられるのはレアなんだ」
感心するガスターを横目に、茉莉はリビングの一角にあるサイドボードへ向かい、その引き出しから綺麗に装飾がされた小箱を取り出した。それを嬉しそうにガスター達の元へ持ってくる茉莉を、3人のロボット達は疑問符を浮かべて見守っていた。
「じゃじゃーん。ドンちゃんの落とし物コレクショーン」
茉莉がパカッと小箱の蓋をあけると、中には十数本のヒゲが綺麗に並び収まっていた。
「これ全部ドンちゃんのおヒゲ?」
「そう。抜け落ちたヒゲも可愛いでしょ?」
「そ、そうねぇ……」
意気揚々な茉莉に対し、ガスターは若干引き気味である。しかし引いているのはガスターのみで、ロキソは抱っこしているドンを己の目の前へ掲げ、その立派なヒゲをしげしげと観察。ボルタは腕組みをしながら何度も深く頷き、賛同の意を表していた。
「茉莉殿のお気持ち、痛く分かり申す」
「そうなの? ボルタさん綺麗好きだから、てっきり怒られるものだと思ってた」
ボルタが掃除当番となってからというもの、茉莉宅は毎日ピッカピカに磨き上げられ塵一つ落ちてはいなかった。それゆえ今回このドンヒゲを見つけられたことは、茉莉にとっては奇跡であったのだ。
「拙者も塵と
ボルタは己の肩の装甲をパカリと開け、白木の小箱を取り出してみせる。
「そこ収納スペースなんだ? 便利だね」
大鎧の大袖のようなパーツが開閉し、しかも収納できるようになっていることに、茉莉はいたく感心していた。
「左様。拙者の大切な宝物を収めるにうってつけでな」
武者のような厳つい顔をほころばせ、そっと小箱の蓋を開けたボルタは茉莉達に中身を見せた。
瞬間『うっ』と硬直する茉莉とガスター。二人は誇らしげに胸をはるボルタの前で、しばらく小箱を見つめたまま固まっていた。
「………これって、私の髪の毛?」
重苦しい空気の中で口火を切ったのは茉莉であった。小箱の中には10本ほどの髪の毛が綺麗に並べられていた。陰毛でなくても『人毛』が落ちていることが許せない茉莉は、ガスター達が来る前から髪の毛が落ちていたらすぐに拾い捨てていた。そんな茉莉の習慣をもってしても知らぬ間に落ちてしまっていた髪の毛を、ボルタはこっそり拾い集めていたのである。
「さすが茉莉殿! ご自分の美しい
「この家の中で髪の毛あるの私だけだから」
「いやはや、まっことお見事! 才色兼備な茉莉殿であるゆえ、こうして抜け落ちた御髪も艶めかしく美しい……」
ウットリと小箱の中身を人差し指で撫でるボルタは一人で悦の世界に入ってしまう。その様子を見て、茉莉とガスターはさらにドンヨリとした重苦しい空気をまといだした。
「……あのねボルタさん。その抜け毛、捨ててくれないかな?」
「なにゆえ!? このように美麗な宝を破棄するなど、拙者にはとてもとても!」
茉莉のお願いにボルタは必死の形相で首を横に振る。
「アンタが変態じみてて気持ち悪いって言ってんのよ! 捨てなさい!」
ガスターは己の腰に両手を置き、仁王立ちで叱り飛ばす。
「変態とは失敬な。拙者、清廉潔白で品行方正、青天白日な――」
「おだまりド変態!」
「ゴフゥッ!?」
イライラのピークに達したガスターは、流暢に喋り続けるボルタの口の中へ持っていた台布巾を捻じ込んだ。
「………」
一人傍観していたロキソは、この騒動の最中ドンと共にリビングを抜け出しバスルームへ来ていた。ドンを優しく床に置き、ミニ化したロキソは茉莉の着用した衣類が入ったランドリーボックスの中へ飛び込んだ。ドンもその後へ続き、一人と一匹でゴロンゴロンと衣類の海を転がり楽しむ。
茉莉の匂いを楽しんでいるのか、はたまた自分の匂いを付けてマーキングしているのか。きっとその両方であろうが、暫く衣類の海を楽しんだ後、人間サイズに戻ったロキソは、何食わぬ顔でその衣類を洗濯機へ入れ始めた。
これがいつもの洗濯前の儀式だと、いまだリビングで捨てろ捨てないの攻防をしている者達は誰一人として知らない。