第4話:鎧武者

文字数 3,317文字

 自称戦闘ロボのガスターと出会って二日目の朝。茉莉は一日目と同じように、庭へ面したシャッターと窓ガラスを開けた。
「おはようドンちゃん。今日も可愛いねー」
「みゃん」
 そのふてぶてしい風貌に似つかわしくない、子猫のような鳴き声で返事をしたドン。いつものように茉莉からオヤツを貰い、しゃがんでいる茉莉の脛へ頭突きを喰らわす。茉莉はドンに乞われるまま、満面の笑みで彼の全身を撫で繰り回した。雷と勘違いするほどのゴロゴロ音を喉から鳴らしているドンの耳が、急にピンと立ち上がった。
「その子、アナタに凄く懐いてるのね」
 ドンの視線を追い振り向くと、ミニガスターが窓サッシのレールに腰を下ろすところであった。
「おはようガスターさん。良く眠れた?」
「おはよ~茉莉ちゃん。おかげ様でグッスリよ」
 ガスターは、ん~と両手を上げて伸びをした。
「ボルタさんは?」
「まだ爆睡してるわ、あのおバカ……」
 昨夜、昆虫採集の罠に見事かかったボルタは罠の焼酎で酔っ払い、再会間も無く高イビキ。ガスターが横っ面を叩こうが、一向に目を覚まさなかった。
 そもそもロボットに睡眠など必要なのだろうか? そんな疑問を抱くことなく、茉莉は彼らのために小さな篭にタオルを入れ、ベッドを二つ作った。一方にはグデングデンになったボルタを寝かせ、もう一方にはガスターが自ら体を横たえた。余程疲れていたのか、ベッドに入ってものの数秒で眠りに落ちたガスターへ、毛布替わりのハンカチをかけた茉莉は、小さな客人達を起こさぬよう静かに部屋を出て行っていたのであった。

「あらららら?」
 庭にしゃがんだままの茉莉の横をすり抜け、室内へジャンプして入ってきたドンにガスターは軽く驚いた。
「この子、家の中も出入り自由なの?」
「うん。うちはドンちゃんの別宅みたいなものだから。お隣さんの許可も貰ってるから大丈夫」
「フリーダムな子なのね~」
 勝手知ったる我が家とでもいうように、トトトと軽やかな足取りで部屋を横切りドアを抜け、二階へ続く階段を上っていくドン。そのプリプリしたお尻を見送った数秒後、『ぬぉふぉおおおぉぉぉぉっ!?』という叫び声が二階から聞こえて来た。まさか、という表情で互いの顔を見た茉莉とガスターの元へ、その叫び声は徐々に近づいてくる。
「た、頼む! 離してはくれぬか御仁よ!」
 ドアの隙間から現れたのは、ボルタを加えたドン。彼の可愛い口元で情けない懇願をしているボルタに、ガスターは深い溜息をついた。
「情けないわよボルタ。猫に襲われるなんて」
「え」
 それをあなたが言うの? という視線をよこす茉莉をスルーし、ガスターはお座りしたドンの前へ仁王立ちした。
「猫ちゃん、アタシの仲間を離してちょうだい」
 そう言ったガスターを暫し見つめたドンは、咥えていたボルタを足元に落とす。
「助かっ……ぬおっ!?」
 解放されたと立ち上がりかけたボルタであったが、ドンのムチムチな太い前足でムギュっと抑え込まれてしまった。
「フェイント!?」
 なんて賢い猫なの……と呟くガスターの目の前では、プニプニ肉球の下で情けなくうつ伏せ大の字になっているボルタ。最早助かる術無しと諦めの境地のようだ。いい意味でも悪い意味でもボルタは潔かった。
「ドンちゃん、お願いだからボルタさんを離して?」
「みゃ~ん」
 ふわふわの頭を茉莉に撫でられたドンは、あっさりとボルタを解放。雷鳴ゴロゴロを鳴らしつつ、茉莉のなでなでテクニックに身をゆだねている。
「こんのオス猫が~!」
「こ、今度こそ助かった……」
 茉莉に甘えまくるドンへ歯噛みするガスターと、よろよろと立ち上がったボルタ。二人の目の前で一しきり甘えたドンは満足したのか、悠々と庭先へ降り、外に出て行った。

「そろそろ朝ごはんにしようか? ボルタさんは焼酎がいい?」
 ドンの姿を見送った茉莉は、その視線をボルタへ向けた。これが茉莉との初めての会話となるボルタは、慌てたように両手を振る。
「滅相もない! 拙者なぞ捨て置いてくだされ!」
「そうよ茉莉ちゃん。こんな奴トイレの水でも飲ましときゃいいのよ」
 ガスターの憎まれ口など聞こえないのか、ボルタは『茉莉殿と申すのか……』と独り言を小さく呟き、立ち上がった茉莉を見上げた。
「とりあえず下水以外を用意するね」
「アタシも手伝うわ」
「せっ、拙者も――」
 人間サイズに変化したガスターを見て、慌てたようにボルタもサイズを大きくした。ミニサイズであるとそうは感じないが、人間サイズになるとその鎧武者な風貌は一気に部屋を狭く感じさせる。細身なガスターに比べ、ボルタは縦横ともに彼よりも一回り大きく厳つかった。
「アンタ無駄にゴツイから巨大化すると邪魔なのよ。大人しく座ってなさいな」
「ぬぅ……」
 ガスターに咎められたボルタは残念そうに、その場でちんまりと正座をする。そこのソファーに座っていろという意味だったのだが、結果として大人しく待っていることに変わりはないと、ガスターは苦笑しつつ茉莉の後を追っていった。

「ガスターさん達は水分なら何でもいいの?」
 ケトルの湯が沸くのを待つ間、ティーセットを用意する茉莉は、隣で茶葉を選別しているガスターへ質問を投げかけた。
「ええ。味の好みはあるけれど、どんな水分でもエネルギーに変換できるわよ」
「物によっては燃費が悪いとか良いとかある?」
 茉莉はそれを参考にして、これから買い出しに行こうと思っていた。平日は仕事に追われ、買い物するのは土日の休みとなっていたからだ。
「そうね~。研究所では色々飲まされて実験されたわ」
 苦虫を噛み潰したような表情で彼方を見つめるガスター。
「結果的には本人達が不味いと思ったら効率は下がったし、美味しいと思ったら多少上がったわね」
「へー。人間と同じだね。美味しいもの食べるとテンションあがるみたいな」
「あの人達は“魔法の水”を探してたみたいね」
「魔法の水?」
「アタシ達の能力を最大限に引き出せる液体があるはずだって。毎日毎日好みで無いもの飲まされて、お腹タプタプだったわよ」
 ガスターは金属製の腹部を撫でながら眉間に皺を寄せる。伸縮自在な謎金属で出来ている彼のボディならば、飲みすぎたら本当に漫画の如く腹が膨れるのだろうと茉莉は想像していた。
「そうなんだ。大変だったね」
 ガスターへ相槌を打つのと同時に、チンッとオーブントースターが鳴り、ベーグルの焼けた良い香りが漂ってきた。茉莉はそのベーグル一つを皿に乗せ、ガスター達のためのティーセットが用意されているトレーへ一緒に置く。
「昨日も思ったけど、茉莉ちゃんは小食なのね?」
「食べるのも作るのも面倒くさくて。最低限の栄養が取れればいいかなって感じで」
 昨日の朝食兼昼食も、小さな冷凍ラザニアを温めたものだけであった。夜は何だかんだで食べず仕舞い。ガスター達が寝た後に、無駄に種類のあるサプリメントを飲んでいた。
「んまぁ! そんなんじゃ美容に悪いわよ!」
「一応健康に良さげなお茶とかサプリは飲んでるから大丈夫」
 確かにサプリメント同様に、ハーブティー類もやたら種類が多かった。
「人間なら栄養は食べ物から摂らないとダメなのよ! 野菜とか卵とか食べないと――って、何にもないじゃなーい!」
 姑よろしく冷蔵庫を開けたガスターは、ミネラルウォーターや少数の調味料が入っているのみの、ガランとした中を見て戦慄を覚えた。
「独身男性よりも酷い冷蔵庫よコレ!」
「冷凍庫はそれなりに充実してるよ」
 茉莉の声に冷凍庫の扉を開けたガスターは、再び衝撃を受けることとなる。
「パスタとかグラタンとかの冷凍食品しかないじゃないの!」
「最近の冷食は美味しいよ?」
「そういう問題じゃありません!!」
 キョトンと答える茉莉に対し、思わず女教師のような口調になってしまうガスターであった。
「実はこれから買い出しに行こうと思ってたんだ。ガスターさんのお仲間探しも兼ねて。一緒に行く?」
「行くわ! 栄養あるもの買うように見張らせて貰うわよ!」
「それは心強い。よろしくお願いします」
 ふふっと小さく微笑んだ茉莉と、対照的に息巻くガスターは、朝食の乗ったトレーを手にボルタの元へ足を進めた。
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